第223話 冬を迎える前に
此処へ来て2回目の秋の半ば頃。何がきっかけだったかは忘れたけれど、リディナとセレスに聞いてみた事がある。
「2人ともこのままここに定住して、いいの? あと結婚とかは?」
私自身は結婚する気は無いし、ここで静かに暮らせればそれでいい。
しかしリディナやセレスをそれに巻き込むのは正しくない。
というか、リディナやセレスを私に縛り付けておくのは申し訳ない。2人ともそれぞれ有能だし私から離れても問題無い筈。
誰かと結婚したいとか、自分のやりたい道を進みたいとか。そういった事があってもおかしくないというか、それが普通だ。
もちろん私は2人がいてくれた方がいい。私1人では出来る事が限られている。対人恐怖症も無くなった訳ではない。
でもそれはあくまで私のエゴ。2人を縛り付けておく理由にはならない。
「何かする気があるなら言ってほしい。止めないし、もし出ていくなら今までの分の財産はしっかり分与する。この土地や農場、家畜分も計算した上で」
そして出て行く以外の可能性を考え、更に追加。
「逆に此処を誰か他の人と一緒にやりたいというなら、それでもいい。一緒にやってもいいし、私は他の場所に行ってもいい」
リディナはちょっとだけ考えるように首をかしげたのち、いつもと同じ調子で私に問いかける。
「うーん。それじゃフミノは私と別れたほうがいい?」
とんでもない。私はぶるぶると首を横に振る。
「居てくれた方がいいしありがたい。でもそれは私の都合」
「なら私もフミノと一緒にいたいかな。私自身がそう思っているから」
「私も同じです。フミノさんといるとやりたい事がいくらでも出来るような気がするんです」
リディナだけでなくセレスまで。
私としては非常に嬉しい。でもだからこそ、ここで甘えずにもう一度確かめる。
「本当に? 自分がやりたい事が他にあるとか、結婚相手を探そうとかは?」
「今は此処で、3人でのんびり自分達の農場をやるのがやりたい事かな」
「私もです。毎日が楽しいです」
「なら嬉しい。ただ、やりたい事が他に出来たりしたら言って」
そんな訳で3人で農業生活を続けている。
◇◇◇
まもなく此処へ来て2回目の冬を迎える。
農場は大分立派になった。貯水池を整備し直したし、放牧用の草地も土塀だけでなく丸太の柵で囲んだ。
種や種芋の収納庫も新たに作った。種や種芋はアイテムボックスで保存すると芽を出さなくなるから。
この収納庫は木製では無く石造りだ、しかも半地下構造。理由は気密性が高く温度を保ちやすいから。夏は涼しく冬は凍らない程度という。
といいつつ石造りにした本当の理由は、やっと土属性で岩盤化が出来るようになったからだったりする。手段と目的が逆転しているけれども。
収納庫は現在、芋や豆、小麦の種を保管中。
小麦は既に種をまいた。夏からの芋も収穫完了。明日からはキャベツの収穫が待っている。
農業以外には時々注文が入るゴーレム製作なんてのもある。
今年もフェルマ伯爵家から3頭、新型牽引用ゴーレムの注文が来た。そろそろ製作にとりかかろうと思っている。
またカレンさんのところというかスリワラ家からも注文が来た。これは夏になった頃で、既に4頭製作して納入済みだ。
納めたのはミメイさんと合同で設計した騎馬ゴーレム。しかしこのゴーレム、操作が難しい。騎馬として使う場合はゴーレムを操りつつ自分の身体もある程度動かしてバランスをとらないと落ちてしまうから。
この騎馬ゴーレム、騎馬戦用以外にも馬車牽き等でフル活用されていると注文を受けた際、ミメイさんから聞いた。
なら別に荷馬車用ゴーレムも作った方がいいのでは。最初はそう思った。しかし『新興の領主だから部下に魔法持ちが少ない。ミメイさんが魔法教育を始めてはいるが、ゴーレム馬を操縦出来る者はまだ少なく、ゴーレム馬が余っている』状態だそうだ。
だから当分は今の状態でいい模様。
山羊ちゃん達は4頭とも元気だ。マスコビー達は更に増えている。
エルマくんはもちろん元気で甘えん坊だ。家の中にいる時はだいたい誰かにくっついている。比喩ではなく物理的に。
ただ今のエルマくん、大きい。今は読書しているセレスの横にひっついてお座りしているけれど、高さも幅も座っているセレスとほとんど同じ。
それでも可愛いのは変わらない。いや、余計に可愛くなったかな。
つまり私達の方は順調だ。しかし領内の開発状況の方はまだまだ。
私達の農場の近くの土地は相変わらず他に人が入らない。街も春とあまり変わらない感じだ。
しかしリディナによると今後一気に人数が増える可能性があるらしい。ただしあまり良くない理由で、だけれども。
夕食の後の団欒時間、お昼に買って来た新聞を片手にリディナが説明する。
「今年は秋の嵐が結構酷かったみたい。それに中部は夏の天候不順で割と酷い事になっている。特に小さい農家はギリギリだと思うよ。
だから飢えるよりはいちかばちか新天地を目指そう、そういう人が増えるんじゃないかな」
でも、それならば。
「小さい農家に開拓が出来る力は無い筈」
家族でやっているような状態だと働けるのはせいぜい大人2人に子供1人くらい。それで魔法を使わずに森を切り拓くのはどう考えても無理だ。
リディナは頷く。
「そうなんだよね。それでも元々持っている畑が狭かったりすると、いちかばちか新しい所に行った方が何とかなるんじゃないかと思いたくなる訳。
特に秋終わりの嵐なんかで畑が駄目になったりしたら、もう小麦は間に合わない。翌年の種を購入するのだって厳しいよね。ならこのまま死を待つより、なんて考える人も出る訳」
セレスが頷く。
「気持ちはわかります。これから蓄えだけで夏の収穫期まで乗り切らなければいけないのに、その畑が駄目になったりしたら。
もうそれだけで絶望的な気分になります。ある程度畑が広くて時期が違う別の作物を作っているなら別ですけれど。
うちの村でもそうでした。一家で開拓団に応募したり、いつの間にか姿を消したりして」
セレスが以前アリサちゃん達の事を気にかけていたのは、ひょっとしてそういった何かがあったからなのだろうか。そんな事をふと思う。
しかし、それならそれで疑問と言うか懸念が生じる。
「でも、それじゃ移住してきてもどうにもならない」
「そう。単独ではどうしようもないの。運よく開拓団の募集があれば別だけれどね。ただそういう情報は普通の農民には伝わりにくいでしょ。
もちろんある程度の開拓団が結成される時はあちこちに声をかけるよ。募集員が村を回って困ってそうな農家に声をかけるとか、教会等の情報が集まりそうな所に募集の依頼をするとかね。
ただ、そういった募集の声が伝わりにくい場所もあるの。開拓団を募集する教団や商家が活動している街の近くは、情報が広がって声もかかりやすいんだけれどね。そうでない場所は声もかかりにくい」
リディナはふっとため息にも似た息継ぎをして、そして続ける。
「そんな開拓団の声がかからないような場所でもね、国の大きな変化については往々にして耳に入ったりするの。例えば南部直轄領が貴族に下賜されて今なら開拓地が無料で手に入るとか。
そういう情報は噂と同じでまた聞きのまた聞きという感じで流れる。だから正確な形では伝わらない事も多い。その結果、『南に行けばなんとかなる』なんて思ってしまう人も出てしまう訳。
本で読んだんだけれどね。50年くらい前の大飢饉のときにそんな例があったらしいの。あの時は南ではなく東海岸だったけれどね」
「それでそうやって東海岸へ行ってしまった人はどうなったんですか?」
セレスの質問。
「領主としては開拓民に不平等な扱いをする事は出来ない。勿論実力不足だとわかったら他の人達と組んだ方がいい等と指導はする。でもどうしてもと言われて、かつ申請が規定通りなら断る訳にはいかない。
そして援助も領主としては他の開拓者と同様にしか出来ない。苦しそうだから援助しますでは他の開拓者から文句が出る。
それに『苦しければ援助して貰える』なんて事になって、その結果援助が必要な人ばかりが集まってしまったら領地が破産してしまうよね。
結果、開拓を続ける力がない開拓者は、5年以内にほとんどが姿を消した。そう本に書いてあったと思う」
「此処でもそういった事が起こる可能性があるって事ですか」
リディナがため息をついて、そして頷いた。
「そう。特にここは一番南だからね。他でどうにもならなかった人が最終的にここに集まってしまう可能性もあるかなって。
勿論いちばん南だからこそ辿り着く人が少ない可能性もある。それでもカラバーラだけで100人くらいはそういった人が出るんじゃないかな。悪い予想では、だけれどね」
リディナにひっつく形で横になっているエルマくんがふうっとため息に似た息をした。リディナの分を代わりに、という感じで。
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