第218話 強大な敵

 縮地から外れたと思ったら開けた場所に出た。風のせいで目に雨が入り、目視しにくい。だから代わりに偵察魔法で周囲を確認する。


 地形的には海岸だ。少し離れた場所に騎士団らしい大人数がいる。攻撃魔法がそこから飛んでいるのもわかる。

 ただ地面が少しおかしい。偵察魔法で確認する。きっちり平坦でかつ固い。岩盤化してあるようだ。


「この地面は?」


「私がした。この方が騎士団も私達も動きやすい」


 騎士団側から1騎、こちらに近づいてきた。雨が激しくて目視ではわかりにくいが、魔力でカレンさんだとわかる。乗っているのは馬では無くゴーレムだ。


「お久しぶりです。馬上から失礼します。雨の中、こんな危険な場所にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。ですが頼れそうな人がフミノさんくらいしかいないのです」


「私も乗ったままだし、非常事態だから仕方ない」


 敵の気配がわかる。大きい。以前、迷宮ダンジョンで戦った混ざり物キメラ以上の魔力反応を感じる。

 距離は現時点で1離2km程度。頭部分の一部しか水上に出ていないので詳細な形はわかりにくい。色は黒色だ。


 今のところ向こうからの魔法攻撃は無い。しかしそこそこの速さで近づいてきている。あと半時間もしないうちに上陸してくるだろう。


「あの魔物はクラーケンの特殊個体です。外見上は8本足型、全長が20腕40m以上と連絡を受けています。


 現在、領内騎士団魔道部隊によって遠隔攻撃魔法による攻撃をしています。ですが全く被害は与えられていないようです。


 ただ攻撃に引き寄せられて、街では無くこちらに向かってきています。それだけでも遠隔攻撃を続ける意味はあるようです」


 街に行かせない為に攻撃をしている訳か。そして今のところ攻撃魔法では敵に被害を与えられていないと。


「海中にいるあれを倒す手段は無い。上陸してからが勝負」


 きっとミメイさんの言うとおりだろう。


「それで申し訳ないのですが、フミノさんはあの魔物が上陸した後、土や岩などを海側に出して、再び海に戻らないようにして欲しいのです。もし足りなければこの海岸や向こう側の岬の岩や土を使って下さい。付近は騎士団によって人払いしているので問題ありません」


 なるほど。しかしタコは陸上でもある程度動ける。壁を作っても乗り越えるなんて事が可能だ。

 クラーケンはタコではないけれど、8本足型なら外見はほぼ同じ。同じような能力を持っていると思った方がいいだろう。


「ある程度高い山を作る気持ちで頼む。成型や岩盤化は私がする」


「過去の文献によるとクラーケンでも陸上なら少しは攻撃が効くようです。海側に防壁が出来た時点で、温存している火属性魔法使いと弩弓部隊、長弓部隊で総攻撃を仕掛けます」


 なるほど、確かにそれしかないかもしれない。


 ただ不安はある。かつて迷宮ダンジョンで戦った混ざり物キメラは弱点の攻撃魔法以外は効かなかった。


 今回のクラーケンもそういった特殊個体の可能性がある。

 それに飛び道具系の攻撃魔法を持っているかもしれない。

 少なくとも魔力的にはあの混ざり物キメラ以上だし。


「敵が攻撃魔法を持っている可能性は?」


「おそらく持っているでしょう。タイダルウェーブあたりを使ってくる可能性が高いです。ですのでメレナム様が待機しています。飛び道具系の攻撃魔法を含め、遠隔攻撃系統の魔法なら障壁魔法で半時間30分程度は防ぐと言っていました」


 障壁魔法とは空属性の高位魔法だ。固い壁で防御するのとは異なり、空間的に不連続な面を作って、物理攻撃だろうと攻撃魔法だろうと通さなくする魔法らしい。

 ちなみに空属性だが私ではまだ使えない。レベル7以上は必要らしいから。


 ただそれなら少しは安心できる。ならば私は私なりに与えられた役目をこなすとしよう。


「わかった。それでは念の為、あちらの岬部分を収納しておく」


「大丈夫です。人払いはしていますから」


 偵察魔法で確認する。確かに入口付近に騎士団員らしき者2名がいるだけで、他に人の気配はない。天候が酷く吹きさらしの場所なので大きめの動物もいない。


 虫くらいはいるが仕方ない。思い切って収納する。量が多いだけに虫程度の生物でも魔力の3割は取られた。しかし大丈夫、まだ余裕はある。


「相変わらず凶悪な収納力」


「しかしこれなら防壁は問題無いでしょう。それでは私は騎士団の方に戻ります。この天候の中、申し訳ありませんが宜しくお願いします」


 カレンさんは向こうへと戻っていった。


 さて、敵が到達するまで少し時間がある。だから気になった事をミメイさんに聞いておこう。


「このゴーレムは新規に作った?」


 ミメイさんは頷く。


「私が作った。ただ私はフミノほど作るのが得意では無い。この試作型を含めてまだ10頭だけ」


 そう言えば土属性魔法等でゴーレムが作れる事を教えて貰ったのはミメイさんからだった。なるほど、ミメイさんもゴーレムを作れるようになった訳か。


「これが終わって落ち着いたら見せて」


「わかった。農場へ持っていく。改良点があるか見て貰いたい」


 うん、なかなか面白そうだ。ならばこの戦いをさっさと終わらせる必要がある。


 ただ……雨が目に入るので目視でなく監視魔法で空を見上げる。どんよりした雲に土砂降りの雨と横殴りの風。来た時より更に激しくなっている。


 この雨、何とかならないだろうか。水属性の魔物だろうクラーケンに有利になるだけではない。人間の方もこの雨では戦う前に体力を消耗してしまう。


 それでも私は魔法を使える。だから服が濡れてきたなと思えば乾燥させる事が出来る。ミメイさんもおそらく出来るだろう。


 しかし騎士団の皆さん、それも魔法使いではない皆さんは濡れるがままだろう。いくら屈強な人達だろうと、濡れた状態では体力を消耗してしまうと思うのだ。


 今の私には何も出来ないのだけれども。


 とりあえずリディナ達に連絡を入れておこう。ここから農場は何とか偵察魔法の範囲内だ。

 アイテムボックス内で起動したままの状態になっていたシェリーちゃんを、お家のリビングに出す。


「あっフミノ、どう、大丈夫?」


 リディナは私の意図にすぐ気づいたようだ。シェリーちゃんに声をかけてきた。


『海岸で作戦待機中。今のところ問題無い。敵はクラーケンの特殊個体。あと半時間30分程度で接触』


「私やセレスで手伝える事はない? ここからでもゴーレムを使えばそっちで魔法を使ったり作戦を手伝ったり出来ると思うけれど」


 確かにそうだな。2人がついていると思うと正直心強い。強大な敵を前にしている時だから余計に。

 でも待てよ。2人の魔法なら私の補助よりも……


 会話が出来るゴーレムは、ライ君とシェリーちゃん。ならば。


「わかった。そちらにライ君を出して、シェリーちゃんは起動解除する。ライ君をリディナ、シェリーちゃんをセレスが起動して欲しい。

 2人には騎士団の補助を御願いしたい。いい?」


「わかったわ」

「わかりました」


 この方が2人の魔法を活用出来るだろう。あとこの事をミメイさんに言っておこう。


「ミメイさん、実は……」

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