第212話 本日のおまけ? 実はメイン?

「それではあの、右側の奥から3番目の子と、そのすぐ手前にいる子。その2頭は親が違いますか」


「うーん、ああ、大丈夫だ」


「ならその2頭でお願いします」


「わかった」


 セレスが選んだところでゼアルさんが睡眠魔法をかける。

 室内の子山羊全部がゆっくり眠りについた。


「全部一気に眠らせるんですね」


「この方が楽だからな。ただ今かけたのは弱い睡眠魔法だ。すぐに皆、目を覚ます。それまでに運び込まないとならない」


 ゼアルさんは戸を開け檻の中へ入り、2往復して子山羊を運んできた。近くに置いてあった藁を敷き詰めた台車にそっとのせ、更に魔法を起動する。  


「今起動したのが半日分の睡眠魔法だ。起きた後はたっぷり水や餌をやってくれ。マスコビーの方はその辺に放しておけば勝手にその辺の草を食べるから心配いらないがな」


 確かに飲まず食わずで半日いたら喉も渇くだろう。納得だ。


「それにしてもゼアルさん、貴族じゃないのに睡眠魔法を使えるんですね」


 そう言えばそうだな。言われて私も気づいた。確か貴族以外は魔法を使えないとされていた筈だ。勿論それは冒険者ギルドで大々的に否定してもらった。しかし庶民への魔法教育はまだ始まっていない筈。


「3代前、曽祖父が貴族だったそうだ。三男坊で継ぐものもないし貴族社会が苦手だったんで逃げ出して農場を拓いたんだと。ただ実際は貴族じゃなくても魔法を使えるらしい。冒険者ギルドがつい最近そう発表したと聞いたな」


「そうなんですか」


 なるほど、納得だ。


 マスコビーを選びに先ほどの畜舎へ。


「こちらはお任せします。7ヶ月のオス2羽、7ヶ月のメス3羽、3ヶ月のメス4羽で」


「その選び方だと屋外飼育か?」


 何故そう判断するのかわからない。だがセレスとゼアルさんの間では通じるのだろう。


「ええ。ですので特にオスは扱いにくくていいので元気なのを御願いします」


「わかった。とびきりのを選んでやる」


 私、そして多分リディナもわからないまま話は進み、9羽のマスコビーも山羊と一緒に台車に載せられた。


「それじゃ受付へ戻って会計でいいか?」


「ええ、お願いします」


 畜舎を出て元来た方へと戻っていく。


「ここにはどの位、お客が来るんですか?」


「日に2組くらいだな、まだ。動物系はある程度開拓が進まないと売れないからなあ。あと1ヶ月くらいすれば客も増えるだろう。そう領主家は予想しているけれどさ」


 ゼアルさんはセレスとそんな話をしながら受付のある建物へ。


「それじゃ支払いと領収書発行だな。そこに座ってくれ」


 私達が商談スペースらしい簡素な応接セットについた時だった。


「バウ、バウ」


 吠えるというような大声ではない。ここにいますよという自己主張的な声だ。


 声の方を見る。黒い大型犬がカウンター横にお座りをしていた。ボーダーコリーみたいな牧羊犬ではない。どう見てもラブラドールレトリバーだ。何故だろう。牧場なのに。


「おいこら待てコーディ。すみません、時々家の中の柵を乗り越えてくるんで」


 うーむ、やはり黒ラブだ。ちょっと目線をあわせてみる。おっと気づいたな。私の方を見て笑った気がした。


 何かバーボン君を思い出す。ゴーレムの方ではない。日本にいた頃に近くの家にいた、ゴーレムの名前の元になったわんこの方だ。


「撫でて、いいですか?」


 思わず聞いてしまった。


「ありがとうございます。コーディ、来い!」


 わんこは立ち上がりダッシュでゼアルさんの横へ。背中を引っ付けてすりすりする。可愛いなこいつ。


「コーディ、お座り。それではどうぞ撫でてやってください」


 ゼアルさんの指示できちんと座った。賢いな。


 最初に握った状態の手を出して犬に確認して貰う。大丈夫そうだ。それではという事でそのまま手をゆっくり動かし丁寧に撫でてやる。いい子いい子。おっとこちらに身体をくっつけてきた。可愛いなお前。


 ならばという事でわしわしと撫でてやる。おっと、ひっくり返りやがった。これは腹を撫でろという事だろう。なら遠慮せずわしわしと。おお、喜んでいる喜んでいる。えへえへしてやがる。


 人なつっこいなお前。うい奴じゃ。ならもっと接近して両手で思い切りよくなで回してやろう。おっと顔をなめられた。親愛の印だな。頬ずりし返してやろう。すりすり。うん、いい肌触りだ……


「牧場用の犬ではないですよね」


 セレスが尋ねる。


「家族みたいなものだな、コーディは。犬種としては猟犬なんだが実際は同居人というか兄弟みたいなもんでさ。俺に一番なついているんで実家から連れてきたんだ。家に客や魔物が近づいた時は教えてくれるしな。人なつこすぎて番犬にはならないけれど」


 確かにラブラドールは番犬にはならないだろう。この人なつこさでは無理だ。どれどれ、今度は頭を掴んで両手でわしわし。


「あとはこいつの奥さんのデイジーと、2ヶ月前に生まれた子犬が6匹いる。見ていくか?」


 何だと! それは是非……


「見せて貰おうか?」


「そうですね。私も犬は好きです」


 リディナとセレスの台詞にうんうんと思い切り頷く。


「それじゃこっちだ」


 ゼアルさんに続いてカウンターの内側へ。勿論コーディ君もついてくる。

 カウンターの奥、部屋と廊下の間に腰くらいの高さの小さな扉があった。ここで犬の行動範囲を仕切っているようだ。そしてその向こうは……


「可愛い!」


 セレスの言う通りだ。可愛いとしか言いようのない子犬がうじゃっと揃ってこちらを見ている。

 背後に母犬らしい黒ラブがいてこちらを伺っていた。こちらはコーディ君より細めでなかなか美犬だ。


 うーん、子犬、寸詰まりで頭大きくてお腹がピンク色でポンと張っていて強烈に可愛い。足が太いので大きくなりそうだ。動きがコロコロしている。


「オス4匹、メス2匹だ。ただメス2匹は実家で引き取り予定、あとこの家にも2匹は残す予定だ。ただ他の子、つまりオス2匹の行先はまだ決まっていない。こいつらは売りものではないけれど、良かったらどうだ?」


「いいんですか?」


 私より先にセレスが反応した。


「ああ。農場運営も問題なさそうだしな。嬢ちゃん達の買い物の仕方からわかる。大型のゴーレム車なんてものも運用できるくらい資金もあるようだしな。どうせなら安心できそうなところへ行ってほしい」


 おっと、黒ラブが家に来るのか。これは楽しい。思い切りなでなでしてわしわしして……

 いや待て。その気になってしまったがリディナはどう判断する?

 私とセレスの視線は自然リディナの方へ。


「餌や世話の仕方で、注意する事はありますか?」


 おっとリディナ、その台詞はつまり、飼っていいという事か!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る