第157話 決意

「このような件を隠さず教えて頂けた事に感謝します」


 リディナの台詞で気付く。そうだ、冒険者ギルドは被害者。その上ギルド側から見たら隠しておきたい事案までこちらに教えて注意してくれているのだ。

 だから責める訳にはいかない。


「でもそれではどうすればいいんですか」


 これはセレスだ。


「クロッカリが使ったと思われる隠蔽の魔法を解析して、それに対抗できる魔法なり術式なりを探す事になります。このままでは捜索すら出来ませんから。


 これで襲われた冒険者ギルド支部は4箇所です。これ以上の失態を防ぐためにも、冒険者ギルド・スティヴァレ支部の総力を挙げて対策を行う予定です」


 確かに探す方法がない以上、そうするしかないだろう。魔法もこの世界では技術の一つだ。だから解析も出来るし対抗手段を執ることも出来る。

 時間も費用もかかるだろうけれども。


「あとこちらのパーティの王都ラツィオにおける滞在費用はこちらが負担いたします。期間はクロッカリの危険が無くなるまでです。王都ラツィオ内では討伐系冒険者は稼げないでしょうから」


「それは申し訳ありません」


「いえ、居場所を流出させ危険を招いたのは冒険者ギルドの失態ですから。大変不自由とは思われますが、しばらくはラツィオに滞在してください」


「わかりました」


 リディナの台詞にあわせて私もセレスと一緒に頷いておく。

 カレンさんの言っている方法は正しいし確実だ。しかし時間がかかる。その事が私の心に警報にも焦燥にも似た何かを感じさせてしまう。


 だから私は考えてしまう。クロッカリを捕らえる別の方法を。

 奴を捕捉する方法は他にもある。奴を引き寄せそうなものでおびき出すのだ。


 そして確実に奴を引き寄せる対象を私は知っている。


 私自身だ。かつて奴の盗賊団を潰し、奴を穴に落とし移動不能にして衛士等に捕らえさせた魔法使い。

 情報水晶の件からも奴が私を探している事は間違いない。


 そして奴も空属性を使える。ならばある程度広い範囲からも私の居場所を探すことが可能だろう。つい先程ミメイさんが私達に追いつくことが出来たように。


 奴は私の魔力を覚えている筈だ。そして私がこの街ラツィオにいるだろう事を情報水晶を通じて知っている。だから私がこの街を出れば奴は私を捕捉する可能性は高い。


 倒す方法もある。危険ではあるけれど不可能ではない方法が。必要なのは私の覚悟だけ。奴を倒す、それも身動きをとれなくするというだけではなく殺す。その覚悟。


 殺す覚悟か。そんな事を考えて不意に思い出した。クロッカリ脱走の件を聞いたあの時、カレンさんが言った台詞。


『ただこういう事案があると思ってしまうのです。残念ながら相容れない存在というものもこの世界にはありますし、許しを与える事が許されない場合もあるものだと。

 そう思うのは悲しい事なのでしょうけれどね』


 カレンさんはきっと私の知らない違う件を思い出して言ったのだろう。しかしその台詞で私も思い出す事がある。カレンさんが知らない、リディナですら知らない私の過去、日本にいた時代の私を取り巻く環境を。


 そう、私は知っている筈だった。相容れない存在がある事を。許せない存在、許しを与える事すら許されない場合がある事も。

 嫌という程知っている筈だった。


 しかし転移して来たこの世界は私に優しかった。だから私はその事を忘れていた。あるいは忘れていたふりをしていた。この世界の優しさに浸って。


 だからここで覚悟を決めよう。相容れない存在はある。認められない存在はある。倒さなければならない存在はある。その事を認めよう。


 カレンさんは悲しい事だと言った。でも悲しいからと言って目を背けてはいけない。

 だから私は決意する。奴を倒す事、いや殺す事を。


 その瞬間、何かを感じた。すぐにそれが何か私は気づく。

 新しい魔法を使えるようになっていた。空属性レベル4以上なら本来使える攻撃魔法、空即斬を。


 これで攻撃魔法も手に入れた。それでは奴を殺す準備をしよう。

 しかし今、この事を話すわけにはいかない。リディナやセレスを危険に巻き込んでしまうから。


「それじゃこの後どうしようか」


 いつもの私らしい提案は何だろう。答えをすぐに思いつく。


「図書館。もう少し本を探してみたい」


「フミノらしいよね。セレスもそれでいい?」


「ええ」


 そう、今はいつも通りに動いておこう。あくまで今はだけれども。


 ◇◇◇


 図書館はギルドから歩いてすぐの場所だった。

 本を選びつつ、偵察魔法でこの町ラツィオの各門とその周囲を調べる。

 どの門が人通りが少なく、他に被害を与えないか。


 ベレトリーがあるのは南西方向。ただし最も近い南西の門は人も馬車も多い。ネイプルへ向かう主要な街道で、門の外も人家がある他、小麦畑が広がっている。


 なら隣の南側の門は。こちらはこじんまりした門だ。道が続いている街もそれほど大きくはない。


 こちらも小麦畑が広がっているけれどまだ苗は小さめ。魔法の直撃さえうけなければそこまで被害はないだろう。

 奴が身を隠せそうな木立もほどよい起伏もある。

 選ぶならこの門だ。


 それでは作戦を固めよう。と言っても実際はもう思い浮かんでいる。ゴーレム車とバーボン君、そしてシェリーちゃんを使う予定だ。


 ゴーレムは操作者と同じ魔力を帯びる。ステータス表示も操作者のものが出る。これはヴィラル司祭のステータスを見た時にわかった事だ。

 クロッカリをおびき出すにはこの性質を利用する。


 具体的にはシェリーちゃんをのせたゴーレム車をバーボン君に引かせて門から出る。私は離れた場所からシェリーちゃんを操作し、更にシェリーちゃん経由でバーボン君を操作する。


 ある程度離れた場所からならゴーレムを操作している者が中にいるように感じるだろう。勿論シェリーちゃんは一見してゴーレムとわからないよう、私の服を着せ顔をベールか何かで隠しておく。


 そして私の魔力を感じたクロッカリが馬車を攻撃するのを待つ。攻撃した瞬間、クロッカリの居場所がわかる筈だ。直ちに大穴をあけるなり攻撃をしかけるなりすればいい。


 おそらく穴あけ作戦は奴も警戒しているだろう。脱出方法なり回避方法なりを考えている可能性もある。

 だから攻撃するなら空即斬だ。この魔法は周囲に人がいなければかなり広範囲に攻撃を仕掛けられる。


 この作戦の欠点は2つ。

  ① 私の存在を感づかれるとおとりがバレてしまう事

  ② 上手く行ってもゴーレム車やシェリーちゃん、バーボン君が犠牲になる事


 どうやっても②は避けられない。攻撃に対して防御した場合、その隙にクロッカリに逃げられる虞がある。攻撃を仕掛けられた直後だけが唯一のチャンス。その為には防御や火消し等に対処する余裕は無い。


 正直バーボン君にもシェリーちゃんにも、そしてゴーレム車にもそれなりの愛着はある。しかし人が犠牲になるよりはましだろう。そう思う事にする。割り切れないけれど割り切ることにする。


 問題は①だ。何か魔力を隠す方法は無いだろうか。

 知らない事は人に聞くか調べるしかない。そして此処は図書館。調べ物には適した場所だ。


 さしあたっては魔法道具一覧でも調べようか。私は書棚の分類を見ながら該当の場所を目指した。

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