第143話 別れの挨拶ついでに

「そう言えばあとどれくらい此処にいる予定かな。

 せかしている訳じゃないよ。やりたい事があったらゆっくりしていいし。急ぐ予定がある訳ではないから」


 リディナの言葉は優しい。けれど何となく言いたい事はわかる。


 あまり此処に居過ぎるのは問題だ。私達は開拓団の人間ではない。単に此処へ人を送って来ただけという名目。つまり此処の皆さんから見れば異物だ。


 開拓地をひろげたしヴィラル司祭にゴーレムを渡せた。身体も治したのでゴーレムは必要なかったかもしれないけれど。


 私もおかげで強力な治療魔法を使えるようになった。ゴーレムの製法も教わった。

 つまり私はやろうと思った事をやり終えた。


 でもセレスはどうだろう。アリサちゃん達に結構感情移入していた感じだったから。

 なので私はすぐに返答せずセレスの返事を待ってみる。


「私は教材をタチアナさん達に渡せばほぼ終わりです。聞いた限りでは此処での生活は心配いらないようですから」


 なるほど、なら大丈夫だな。


「私も同じ。教材を渡せば終わり。何なら渡した後、すぐ出てもいい」


「わかった。それじゃ今日、午後1の鐘で出ようか。フミノはその事を司祭さんに話しておいてくれる? セレスもタチアナさん達に挨拶しておいて」


「わかりました」


 私も頷く。確かにそうすればスムーズだ。


「それじゃ朝食が終わったらこのお家を仕舞って、代わりにゴーレム車を出しておいてくれないかな。この家を出し入れするのはあまり見られたくないしね」


 確かにそうだな。だから私は再度頷いた。


 ◇◇◇


 3階建てのお家を収納し、代わりにゴーレム車だけを出す。


「行ってくる」


「わかった」


 まあ行先は目の前の聖堂なのだけれど。

 なおセレスは私より先に出ている。


 聖堂はいつものように空いていた。入って奥まで入るとゴーレムではなく司祭本人が出てくる。

 

「おはようございます。本日はゴーレムではないのですね」


「ええ。もうゴーレムでいる必要はありませんから。まだ動きがおぼつかないので現場作業はいただいたゴーレムでやっていますけれど」


 なるほど。

 さて、それではお別れのご挨拶だ。


「本日、お昼過ぎに此処を出ようと思います。今まで様々な話をお聞かせいただき、またゴーレム魔法も教えて頂きました。本当にありがとうございました」


「そうですか。発たれるのですか」


 司祭はそう言った後、あらたまってこっちを向く。


「こちらこそ本当にありがとうございました。

 本当はこちらの開拓団総出でお礼を言うべきなのでしょう。私個人だけでなくこの開拓団全体に対して大規模に手助けをしていただいたのですから」


 ちょっと待ってくれ。


「いえ、それは結構です。そもそも私は本来人は苦手ですので。此処でこそこうして会話できます。ですけれど本来は会話どころか人と会うことさえ避けるくらいの状況ですから」


 根っからの対人恐怖症なのだ。お願いだから大人数での見送りなんて勘弁してくれ。

 

「わかりました。それでは代わりにこちらをお受け取りいただけますでしょうか」


 司祭は小さな木箱を出す。大きさはマグカップとほぼ同じくらい。古そうだが綺麗に磨かれていて艶がある木箱だ。

 ただそれだけではない。何かの力を感じる。


「こちらは何でしょうか」


「この聖堂をみつけた際、中に残されていたものです。中には小さな円形の鏡が入っています。おそらくあちらのが信仰されていた時代の神具でしょう」


 何か司祭の台詞に違和感を覚えたがそれどころではない。

 ちょっと待ってくれ。


「これは貴重なものではないのでしょうか。私に渡すなどという事はせず、こちらで大事に保管すべきでは」


「いえ」


 司祭は首を横に振る。


「同僚とも相談したのです。その結果、貴方が持っていた方がいいだろう。そう判断しました。


 お礼という意味だけではありません。この神具に感じる波動は貴方に感じるものと似ているのです。


 ですからこれはきっと貴方が持った方がいいのでしょう。おそらく貴方を助けてくれる力にもなるでしょうから」


「本当にいいのでしょうか」


「ええ」


「開けてみても宜しいでしょうか」


「勿論です」


 私は箱を開ける。箱の中下側に台座、上側に小さな受け部があって円形の鏡が固定される形だ。箱を開けると上側の受け部が外れて鏡が取り出せる状態になる。


 現代日本的な鏡でもスティヴァレ風の鏡でもない。日本の古代の鏡、古墳等から出土しそうな厚めの円盤状の鏡だ。

 日本でならともかく此処でこの形の鏡を見るとかなり違和感を覚える。


 やはりあの神様は日本の神様でもあるのだろうか。そう思ってそして先程の違和感の正体に気づいた。

 司祭はと言ったのだ。今まではという言葉を使っていたのに。

 

 何故だろう。気になったのでつい聞いてしまう。


「司祭は今、という言葉を使われましたでしょうか」


「ええ」


 聞き間違いではなかったようだ。司祭は頷く。


もまた祈りに応える存在だと感じましたから」


 何があったのだろう。どういう意味だろう。そう思ったが司祭はそれ以上説明するつもりはないようだ。


 今までは何事も丁寧な説明があったのに何故だろう。そう思うが同時に何か理由があるような感じもする。あえて説明しない、そんな理由が。


 なら聞かない方が正解なのだろう。だから私は代わりに用意して来た木箱を出す。

 大事典の魔法部分の翻訳、文字や数字、簡単な算数の教材が入った箱だ。


「代わりにと言っては何ですが、こちらをお納めください。今日の午後に行う勉強会等に少しでも役に立てばと思いまして。

 使い方を説明します」


 教材はまあ見ればわかるだろう。

 しかし複写機魔法については説明が必要だ。この魔法が使えないと教材の価値が落ちてしまうだろう。大人数相手に使えなくなるから。

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