第130話 私は手を出す決心をした

 それにしても流石は聖職者だ。神様の力の余韻を感じるとは。しかしそれならそれで生じる疑問もある。聞いてみよう。


「ならそういった存在は神様とは呼ばないのでしょうか」


 司祭は先程からあの神様に対して神という言葉を使っていない。必ず存在という言葉で表現していた。

 それは何故なのかを聞いてみた訳だ。


「ええ。何故ならそういった存在は現在信仰されていないからです。また祈りに応える事もありません。


 人が神様に祈るのは救いを求めてです。その救いが利己的なものであろうと利他的なものであろうと、求めているという事には変わりません。


 そんな救いを求める祈りこそが信仰で、信仰を集める存在が神様である。ならばその存在は神ではありません」


 司祭の考えは首尾一貫している。それでも念の為確認してみる。

 私がこれほど自然に台詞が出て、そして口数が多いのはどう考えても異常。それに気づきながらも。


「しかし実際は祈りに応えるのも人ではないのでしょうか」


「祈りである信仰の先は神様です。しかしその祈りを神様に取り次ぎ、そして神様からの応えを人に取り次ぐ事が聖職者の職務です。


 そういう意味では教会がこのような形になったのは幸いです。此処でなら直接的に救いをもたらす事がある程度は出来るでしょうから」


 ヴィラル司祭はペテン師だ。神という存在は虚構であり、実際は聖職者が全てを行っている。今の返答はそういう意味だろう。


 ただしペテン師と言っても悪い意味ではない。神に縋らざるを得ない人の為に必要な行為だ。それを自覚しつつ彼は聖職者を演じている。


 ただ司祭の回答で少し気になった部分がある。ひとつはかたくなに神という単語を使わず存在と言っているところ。そして救いという単語に対してだ。


 神については既に説明を聞いた。だから次に私がここで聞くべきはもう一つの方。


「それではその、救いとは何でしょうか」


 今までと違って少しだけ間があった。


「難しい質問です。

 かつて私が属したエールダリア教会の聖典にはこう書かれております。神は救いである、と。


 ならばその救いとは何なのでしょうか。

 言葉の意味としては苦痛や困難から逃れさせることです。ですが聖職者の答としてはこれでは不完全でしょう。


 いつか世界の終わりが来る。そのような終末神話を私は信じておりません。死後の世界も、天国も地獄も信じておりません。ですからそれらからの救いは私が感じられる救いではない。


 ならば現世での癒やしが救いなのでしょうか。それを与えられる事が救いなのでしょうか。


 ならば現在満たされた者は救われないのでしょうか。それともさらに満たされる事が救いなのでしょうか。

 さらにお金を儲ける事、より人に慕われる事、他人に対して優越感を持つこと。それらも救いなのでしょうか」


 そこで一度間をとって、そして司祭は続ける。


「時に宗教は苦行を信者に課します。それは宗教そしてその信仰対象である神様が実際に人を救えないからだけではありません。


 苦行、苦痛、貧困、犠牲。そういった代償がある方が人は救いを受け入れやすいからです。


 理由無き救いは恐ろしいのです。代償なき救いは不安なのです。代償がある方が実感が持てるのです。私は救われるだろうと、救われるべき存在なのだろうと。


 そうして得られた理由なき安堵こそが救いなのでしょうか。そのような意味なき代償の元に信じる虚構の救済が救いなのでしょうか。

 私はそう信じたくはありません。


 私が聖職者を目指したのも、救いとは何であるか知りたいと思った事が理由のひとつです」


 なるほど。もう一つ知解した。この人は足掻いているのだ。救いとは何だと叫びながら。


 救いをもたらすと言われるが実在しない神様。実在するが救いはもたらさない大いなる力を持つ存在。そして救いを求める人間。その間で。


 そしてその事がきっとこの人を誰よりも聖職者らしくさせている。


 そしてヴィラル司祭の誠実さを更に感じる。

 ここまでの事をわざわざ私に言う必要はない。むしろ司祭という立場なら隠しておくのが普通だろう。


 それなのにあえて私の質問に率直かつ真摯に答えてくれた。何の利害関係もない筈の私に。


 気にいった。そういう表現が僭越ながら好感を持った。悪くないと思った。

 ヴィラル司祭の考え方、そして姿勢に。

 

 よし、ならば少しだけ手を出してしまおう。

 司祭の為ではない。そうしたいと思った私の為だ。推し活動に課金するようなもの。推しのためではなく自分の満足の為に。


「それでは何かお手伝いできる事は無いでしょうか。こちらは決して便利な場所ではないでしょう。もし何かありましたら教えていただけませんでしょうか」


「確かに便利な場所ではありませんね、ここは。ですが大丈夫です。むしろ私はここに来る事が出来た事に感謝したいくらいの気持ちですから」


 司祭はそう言って、そして更に続ける。


「此処のように直接人の手助けが出来る場所にいられるのは有難い事です。つい数か月前、エールダリア教会が健在だった頃、私達は聖職者でありながら誰も救えない状態だったのですから。


 そういう意味で私は以前より救いに近い場所に来ることが出来た訳です。


 確かに傍目から見ればこれは国による追放でしょう。開拓団や農場施療院といった形を取って、他に影響を与えない孤立した場所へ追放した。エールダリア教会の末裔がまた政治に介入する事が無いように。


 しかしそれは今までのエールダリア教会の活動から見れば当然です。そして国は追放の代償として、此処を開拓するのに充分な物資を提供してくれました。


 セドナ教会も援助をしてくださっています。実際はセドナ教会は監督という名目で国に私達を押しつけられただけです。それでも必要な資材や開拓方法、ノウハウの提供等までしていただいております。


 ですので私は今の境遇に感謝さえしております。もしこれが神の御業であるのならば、私は神に深い感謝の祈りを捧げる事でしょう」


 なるほど、そうやって自分の求める救いを模索している訳か。

 しかしこの回答では推し活動が出来ない。ならもっと直接的に気づいた点について突っ込んでみよう。


「たとえばそのゴーレムで不自由な事はないでしょうか。目と耳、口及び魔法起動の役割はするでしょうけれど、腕や手が動かないでしょうから」


 タチアナさんが手紙をわたそうとした時に気づいた。他に足も動かないから移動も大変な筈だ。何か特殊な魔法を使って動いているけれどかなり魔力を使用しているようだし。


「確かにその辺は不便ですね。ですが此処で私が作れるゴーレムはこれが精一杯なのです。そういった細工が出来る者はこちらにおりませんし、外に頼むような資金もありませんから。

 それはそれで先程のように誰かに手伝って貰うしかないですね」


 なるほど。それならまずそこに手を出してしまおう。


「もし必要な構造を教えて頂けたら、ある程度の細工物なら作ることが可能です。材料も持っております」


 ゴーレムの手足の構造はバーボン君でわかっている。動力部は必要ない。動かせる関節を作って、中に魔力を受ける受容体と、魔力を通す導線を通せばいいだけだ。


 バーボン君は出力を出す為に導線や受容体に魔法銀ミスリルを使っている。そして魔法銀ミスリルの在庫は持っていない。

 しかし人間と同じ程度の力でいいなら銀で充分だろう。それなら少しは在庫も残っている。


「それは大変ありがたいお話です。ですが私達は個人として貴方に支払うべきものを持っておりません。此処は開拓団ですし、まだ収穫を迎えていない事から余裕はあまりない状況ですから」


 別に支払いとか代償はいらない。私が推し活動をするだけだ。

 ただ今の回答で気になる事があるので尋ねる。


「入植者の食事は大丈夫でしょうか」


「先程話したとおり、国やセドナ教会からそれなりに援助もいただいております。

 ですので来年秋頃まではある程度人数が増えても問題ありません。無論贅沢は望めませんが、農作業に必要十分な量と質は確保できる予定です」


 少しほっとした。セレスが気にしていたから。

 ただ不安材料はまだ残っている。


「しかしそれで此処は大丈夫なのでしょうか。行き場に困った人達の受け入れをやっているとお聞きしたのですが」


「幸いな事に私の他4名の修道士は農作業に便利な魔法を使う事が可能です。


 ですので冬小麦をはじめる時期までにはそれなりの畑を用意できるでしょう。麦踏みと草取り、水やりでしたら私がこのゴーレムを数個操れば問題ありません。


 更に冬の間も開拓は続けます。来春の芋や豆をはじめる時期には相当な広さの土地を畑に出来ている事でしょう」


 なるほど。ならばその辺についても手助けが出来るだろう。

 土いじりと言うか土木作業は私の得意技だ。表向きは土属性魔法、実際はアイテムボックススキルの駆使で。

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