第129話 少し個人的な神学問答

 他の神像も念の為確認してみる。しかし見覚えは無い。ついでにいうと髪型は概ね短く、21世紀日本と言われても頷ける程度。

 服装はどれもシンプルな貫頭衣。時代背景も地域的な特徴もわからない無国籍な感じだ。


 しかし外見的に古くからの日本の神とは明らかに違う。あの神社で呼びかけてくれたのは偶然で、本当は別の世界の神なのだろうか。


 わからない事を考えても仕方ない。それはわかっている。それにそもそも神様という存在そのものを元々の私は信じていなかった。


 いや、今もきっと信じてはいない。

 宗教というものは救いかアヘンか。そう問われたら私はアヘンだと答える。


 ただあの存在、仮に神様と呼んだ存在が何者だとしても私が助かった事は事実だ。だからその存在には少なくとも敬意は払うし払いたい。

 本当に神様であるにしろ実は別の存在であるにしろ。


 ふと気配を感じた。神様ではない。既に知っている気配だ。


「どちらかご存知の存在がいらっしゃったのでしょうか」


 埴輪、つまりヴィラル司祭だ。

 そして私の対人恐怖回路は働かない。

 私が最も苦手とする年配の男性だと知っているのに。


 姿が人間ではないせいだろうか。恐怖耐性が3になったせいだろうか。それともメイクアップ後少し自信が出来たせいだろうか。

 

 むしろ司祭が来た事がちょうどいい機会だとすら思う。聞いてみたい事がいくつかあるから。


「神様とはどのような存在の事を指すのでしょうか」


 元21世紀日本人としてはその辺の感覚がどうにもわからない。そしてヴィラル司祭は神様に仕える専門家。

 だから聞いてみたいと思った訳だ。


「信仰の対象となる存在を指す言葉です。異論はあるでしょうけれど、私はそう定義しています」


 簡潔で納得のいく答えが返って来た。

 ただこの世界の聖職者が答える内容として私の予想外だ。だからつい続けて疑問をぶつけてしまう。


「信仰の対象となる存在なら何でも神様と呼べるのでしょうか」


「ええ。信仰されているのでしたらどのような存在であっても、仮に存在そのものが無かったとしても神様でしょう。実際の扱いとしては」


 あっさり。


 宗教嫌いな元日本人としては納得のいく回答だ。しかしこの世界一般の意見とはきっと違うだろう。そういう意味では参考にはなるまい。


 それにしても仮にも司祭職にある聖職者がそんな事を言っていいのだろうか。


 ただ今の埴輪と言うかヴィラル司祭は何かそう言った話でもしやすい雰囲気を感じる。私でも会話しやすいし言葉が出易い。


 そう思ってそしてやっと気づいた。先程の違和感の正体を。


 今の私は言葉が自然に出るのだ。思った時に思ったとおりに。必死に語彙を組み立てなくても。


 何故だろう。そんな疑問を感じつつも、つい先ほどの答えに対しての質問を続けて聞いてしまう。


「そう神様を位置づけるのは司祭の経験からでしょうか」


 これは普段の私なら決してしないし出来ない、危険かつ意地の悪い質問。その事を私はわかっている。


 ヴィラル司祭が埴輪姿で出てくる理由を私は知っている。ステータス表示に出ていたのだ。かつて異端審問という名の拷問にあい、四肢の自由と視力、聴力、声を奪われたからだと。


 その異端審問とはエールダリア教会内の権力争いで、腐敗した上層部がヴィラル司祭の名声を恐れてのもの。その事すらステータスをよく見ればわかる。


 それでも聞いてみたかった。だから口から出てしまったのだ。そういう目にあった本人として。その上でなお神様というものについてどう思っているかについて。


「そうかもしれません。しかし最初からそういった考えだったような気もします。


 教会とは信仰の対象としての神様にふさわしい言動で人を救い導く場所であり存在です。必要なのは信仰の存在のみ。


 ですから信仰さえあれば、神様がどのような存在であってもかまいません。実在しようと非実在であろうと」


 神様は実在しようが実在しまいがかまわない。聖職者としてはなかなか強烈な意見だ。

 それでも司祭の言葉には誠実さを感じる。


 だからこそ申し訳ないけれど、更に質問を続けてしまう。私らしくない、そう感じつつも。


「身体がそのような状態になっても、神様を恨むという事はないのでしょうか」


「ええ。先程も言ったように神様とは信仰の対象です。それ以外具体的な事は何もありません。

 私をそうしたのも、そう出来たのも神様ではありません。人間です。

 ですから神様を恨むという事はありません。神様はあくまで信仰の対象であり、それ以外ではありませんから」


 意地の悪い質問に対しても司祭はあくまで自然体だ。ゴーレムだからという訳では無い。ゴーレム越しでも魔力の流れでそれがわかる。


 そして私は一連の質問で理解した。ヴィラル司祭にとって神様とはどのような存在なのかを。


 司祭にとって神様とは具体的な存在では無い。行動指針、おそらく道徳だの善性だの、言葉ではうさん臭くなるそういったもの。


 だから恨みを持つなんて事は出来ない。具体的存在ではないのだから。


「わかりました。失礼な質問をしてしまって申し訳ありませんでした。またそれにも関わらず真摯に答えていただきありがとうございました」


 頭を下げたのを含め本心だ。

 何かわかったかというと何もわかっていない。それでもこの人なりの何か誠意というものは感じたし参考にはなった。


「いえ、問答は司祭としての職務でもあります。

 ただ今の問答で貴方に質問したい事が出来ました。司祭としてでは無く、今まで司祭を務めてきたという経験を持つ私の、私人としての質問ですが、宜しいでしょうか」


「ええ」


 何だろう。そう思いつつ私は頷く。


「貴方はあの存在に会った事があるのでしょう。違いますか?」


 この人相手には誤魔化さない方がいい。私の個人的な思いを含めてそう感じる。

 口に出す文章はやはり自然にまとまった。


「信仰の対象という意味では私にとっての神様ではないのでしょう。ですが私が恩を受けた存在として、私が感謝すべき対象として、ここの神像によく似た神様に出会った事があります」


 埴輪だから身体が動くことはない。しかし確かに頷いた気配を私は感じる。


「やはりそうでしたか。来訪者の方にはそういう方もいらっしゃるとの話は知っておりました。しかし実際に直接話を伺うのは初めてです」


 来訪者という言葉に普段と違う意味を感じる。ここは誤魔化さずに聞いておくべきだろう。


「来訪者とは他の世界から来た者という意味でしょうか」


「ええ。この大陸でも、海を越えたなら行く事が出来る別の島や大陸でもない、違う世界からこの世界に来られた方という意味です。時折この世界に現れると言われております」


 異世界転移した人間だとあっさりバレてしまった訳か。

しかし危険は感じない。この司祭なら明かしても問題ないだろうと感じる。


 それでも何故バレたのか一応聞いておこう。


「何故私が来訪者であるとわかったのでしょうか」


「神は信仰の対象であり存在してもしなくともかまわない。私は先程そう言いました。


 ですが信仰の対象であるかは別として、人ではなしえない大いなる力を持つ存在というものが在るのは確かです。その力の余韻を貴方から感じました。ですので尋ねてみたわけです」


 なるほど。

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