第118話 予想外の視点

 移動は順調。この速度域ならバーボン君も3割程度の余力がある。軽い坂くらいなら問題ない。

 ただ速度が今までより速い分、急停止すると結構なショックがあるだろう。注意しないといけない。


「ところでリディナさんもフミノさんも綺麗なのにお洒落とかはしないんですか」


 予想外のセレスの台詞で思わず思考停止。当然バーボン君への魔法も途切れてしまう。

 固定してあるテーブルや椅子は大丈夫。しかし人間は3人とも前へ思い切りつんのめった。


 私は進行方向後ろ向きに座っているから背もたれに押し付けられるだけ。しかしリディナとセレスは立って手巻き寿司製造中。支えるものが無くて思い切りテーブルに叩きつけられそうになる。


 まずい。そう思った瞬間、リディナが風属性魔法を起動した。


 2人はテーブルと反対側へ押され、姿勢を立て直す。またテーブル上の料理も何かの力で押さえられている。

 これも風だな。リディナの魔法だ。


「あ、ありがとうございます」

「ごめん」


 私とセレスの台詞はほぼ同時だった。


「大丈夫よ。エアクッション魔法なんて便利なものがあるから。フミノは大丈夫?」

「問題ない」


 リディナの風属性魔法、更に進化している模様。


「言われた事無かったからちょっと驚いた」


 そう、私が思考停止した理由は簡単だ。綺麗だなんて初めて言われたから。

 陰気臭い顔、根暗っぽい、そんな形容は何度もされたけれども。


 一方でリディナは確かに綺麗だと思う。お洒落は全然していないし服も実用一点張り。

 しかし髪はつやつやだし顔立ちも整っている。かといって整いすぎて冷たいという感じではなく親しみやすく可愛いという感じ。


 料理も上手だし気が利くし、その気になれば結構モテると思う。モテてしまっては私が困るからもう少しだけ待ってほしいけれども。でもリディナをあまり縛り付けるのも悪いよな。


「フミノ、バーボン君が止まったまま」

 

 リディナに言われて改めて気付く。ショックのあまりバーボン君が止まったままだった。


 再びバーボン君は歩き出す。うむ、脚を伸ばしたままだと最初の加速が悪い。動き始めは足を縮めて、ある程度の速さになってから足を伸ばす方がいいようだ。


「ありがとう。でも今はこのままでいいかな。目立たない方が楽だしね。冒険者で女子だけだから変な男冒険者に言い寄られたりしたくないし」


 何せパーティ組んでいきなり変な男に絡まれた経験がある。あの時の男は金目当てだったけれども。


「でも3人パーティなら更に加わろうという冒険者もあまり考えなくていいのではないでしょうか。そこで無理を押し通そうとした場合、冒険者規則で処罰可能ですよね」


 確かに2人パーティと3人パーティではその辺の感覚が変わるだろう。それでもまさかお洒落なんて考えた事もなかった。


「それにお洒落すると少しだけ自分に自信を持てる気分になりますよね。何事もやる気が出ますし。せっかく2人とも綺麗なんだから勿体ないですよ。本よりお金もかからないですから」


 今度はバーボン君を止めずに済んだ。偉いぞ私。


「でもお洒落ってお金もかかるでしょう」


「本2冊買うお金があれば充分お洒落出来ます。フミノさんもリディナさんも髪をもう少し整えて、軽く口紅つけて、少しお洒落な上着を羽織るくらいでかなり変わると思うんです」


「でも見せたい相手がいないし」


「綺麗になった自分を自分に見せるんです。それだけで何となく自信が持てますし自分に肯定的になれますから」


 私には無かった考え方だ。

 なおリディナにもあまり無かった考え方の模様。やり取りを聞いた感じではそう感じる。


「何なら次の街で少し試してみませんか」


「うーん、ちょっとくらいなら。でもそういうお店、フミノと行っても大丈夫?」


「なら市場でさっと最低限のものだけ買ってきます。あとはその日の夜にでも、髪型を整えたりして変身してみましょう。かなり変わると思います。

 ところで鏡ってありますか?」


 そう言えば鏡は持っていなかった。必要性を特に感じなかったから。


 でも作ろうと思えば作れるだろう。拠点で使っていたガラス窓のガラスとこの前仕入れた銀を使えばいい。


「今日の夜に作っておく。サイズはどれくらい?」


「全身がうつる大きさがあれば嬉しいです。なければせめて顔と髪型がわかる程度のもので」


「わかった。問題ない」


「楽しみです」


 うーむ。


「元いた村ではお洒落とかお化粧とかも流行っていたの?」


「流行ではなく基礎知識です」


 リディナの問いにセレスはそう答える。


「上流階級なら結婚相手は自動的にそれなりの家柄の人になるじゃないですか。でも田舎の農民からいい暮らしになるにはやっぱり綺麗だからという理由で見初められるのが一番よくあるし、身近なパターンです。


 勿論派手に着飾るようなお金はありません。それでも薬草をこつこつ探したりして少しずつ貯めて、たまに行商人さんが来た時に買ってアイテムを少しずつ揃えて。そしていざという日に備えて髪型や衣装の組み合わせを考えたり。


 そして何処かのお金持ちなり領主の部下なりが来るなんて話があると、村中の女の子は一斉にお洒落をするんです。ひょっとしたら万が一ってこともあるかなって。


 そうでなくても自分が綺麗だと思えれば気持ちいいじゃないですか。他の人の対応も少し違う気がしますし、何より今日の自分は綺麗だと思えると何か自信というか大丈夫って気になれるんです。


 リディナさんのところはそういうのはありませんでした?」


「うーん、学校は寮も含めて女の子だけだったしエールダリア教会の教えが煩かったからね。服も決まっていたし余計なアクセサリーなんてつけたら処分だったし。

 勿論みんな同じだからこそ少し違いを出すなんて事をしていた子もいたけれどね。私はあまりやらなかったかな」


 なるほど、育った文化が違う訳か。


「楽しみです。次に大きい街に行くのは何時ですか?」


「予定だと明日夕方にテモリの街手前で泊って、明後日の朝に市場だったけれどね。思ったより早く進んでいるから明日朝にはテモリの街に着けるかな」


 お洒落か。私の履修していない科目だ。

 ここはリディナに大いに譲って私は前に出ない方針で行くとしよう。

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