第109話 セレスがいる夜
買い物を終え、今朝と同じ廃道の終わりへ戻って来た。相変わらず外は雨模様で暗い。じき夕方という時間のせいでもある。
リディナとセレスは夕食の準備を始めた。私は2人の邪魔にならないようリビングの端に座卓を移動して教材つくりを開始する。
まずは数字から。スティヴァレの数字の記載方法は日本の算用数字と同じ十進記数法だ。
だからまずは0~9をおぼえて貰おう。林檎のイラストをつけて個数と数字が対応するようにして。
桁が上がるというのをどう表記しようか。
0から9までではなく、20まで一気に教えて感覚的に理解して貰った方がスムーズだろうか。
そうすると足し算もある程度必要かな。イラストも林檎から正銅貨、小銀貨、正銀貨に変更しようか。
そんなこんなで繰り上がりの概念を含んだわかりやすい表現を模索する。
思ったより難しい。当たり前だと思った事も説明すると難しいものだ。
それでも何とか1桁。1桁の足し算で合計も1桁。2桁で20まで。1桁の足し算で答えが2桁。その辺まで何とか教科書というかプリント的なものの原案が出来た。
あとは実際に数えられるものがあると便利だろう。なら大きいおはじきと中くらいのおはじきを10個ずつ、小さいおはじきを20個作っておこう。これで足し算や引き算、位取りをある程度実物で表現できる。
ガラスで作ると綺麗なのだが手間もかかる。とりあえずは作りやすい木製で。それぞれのおはじきは使用する樹種も変えて大きさの他色あいでも区別が出来るように。
木製おはじきはアイテムボックス魔法を使って仕上げれば簡単に出来る。ならプリントのイラストも正銅貨等からおはじきに変更しておこう。
それではプリントの清書だ。まずは1桁部分から。そんな感じでまずは1桁の数字をおぼえる部分だけ出来たところでリディナの声がした。
「夕食の準備が出来たよ」
よし、一休みしてご飯にしよう。その後セレスに実際に教えてみればいい。
◇◇◇
幼稚園児や小学校低学年に教えるのと、既にある程度自由に会話が出来て文字が書けないだけの人に教えるのはかなり違う。
その辺の認識が私には足りなかったようだ。
セレスは既に数そのものは知っていた。1から7までは。ただ読み書きできなくて、現物がなければ計算できないという状態なだけで。
おかげで作った教材の半分は無駄になってしまった。
「でもこれ、小さいときにやればきっとわかりやすいよね」
「そう思います。それにこのおはじき、確かにこれがあれば計算もわかりやすいです」
そう言っては貰えたけれど。
だから今日の夕食後やったのは8と9、位取りと足し算引き算。ただこの辺の説明と理解には教材もおはじきも役に立った。だからまあ苦労は報われたという事にしておく。
「明日はどうする? 買い物はしたから街には行っても行かなくてもいいけれど」
「明日は籠もって工作したい」
この大きい3階建ては4部屋まで寝室を作れる。しかし他のお家はどれも寝場所が2カ所ずつしかない。セレスの分を作る必要がある。
バーボン君の改良もしたい。速力向上のために足を長くしようと思っているのだ。シェパードサイズのダックスフンドから足も含めてシェパードサイズに。
何度も分解整備をしたから構造はわかっている。だからいくつか部品を新造すれば可能な筈。
教材作りはとりあえず保留で。何か不自由な事があったりうまくいかない事があったりしたら手を出そう。それ以外はとりあえずリディナ任せで。
「わかった。それじゃ私はセレスと文字や魔法の勉強をした後、雨がやんでいたら2人で海の方をぐるっと見てこようかな。その時は釣り道具を借りていい?」
「勿論」
リディナ、釣りキチになっていないよな。でもなっても別に問題はない。魚をある程度自給できれば食卓も潤う。
ただセレスと一緒に行くという事は遊びだけでもないのだろう。魔法を練習するとか訓練方法を教えるとか魔物・魔獣相手に戦うのを見せるとかもやるのかもしれない。その辺もリディナにお任せだ。
「それじゃ私は寝るけれど2人はどうする?」
「お風呂入ってから寝る」
私の風呂は常に最後だ。夜遅い方が狩りがはかどるから。
「私はここでもう少し数字と計算のお勉強をしています」
セレスも灯火魔法は自由に使える。だから1人でも問題ない。
「わかった。それじゃ明日ね」
さて、それではお風呂で一狩りしてこよう。此処はそこそこ大きい街からそう遠くない場所だ。そして外は夜で雨が降ったりやんだり。
つまり魔物が発生しやすい環境条件だ。ゴブリンもスライムもいい感じで出てきているだろう。
3人暮らしを支える為に少し頑張ろう。
今まで頑張って稼ぐ必要性に迫られた事はないけれど。
◇◇◇
少しだけ長風呂して、
リビングは灯火がまだついたまま。セレスが私の作ったいまいちの教材をもとに答えが2桁になる足し算や2桁から引く引き算を練習していた。
「大丈夫? 無理しないで」
私としては珍しいかもしれないが、つい声をかけてしまう。
何かただならぬ必死っぽさを感じてしまったから。
「大丈夫です。私は何の取り柄もないし、せめて教わった事くらいはすぐ出来るようにならないと」
「すぐに何でも出来るようになるのは難しい。私もリディナもそこまで望んではいない。自分のペースでやって問題ない」
「でもせっかく才能があると拾って貰えたのに、何も出来ないままでは見捨てられてしまいますから」
ちょっと待ってくれ。
「見捨てるなんて事はない。私もリディナも」
「でも何も出来ないなら私がいる意味は無いですよね」
それは違う。違うんだ。
どう言えばわかって貰えるだろうか考える。人と話すのは苦手だ。経験が圧倒的に少ないから。
しかし今は言わなければいけない。伝えなければいけない。そんな気がするのだ。だから必死に頭の中で文章を組み立てる。
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