第110話 伝えなきゃ
「セレスには確かに水属性の魔法の才能がある。でもだから仲間に誘った訳ではない」
勿論この台詞で伝わるとは思わない。しかし今の私には、とっかかりとしてこんな感じの台詞しか思い浮かばない。
「でもそうだとしたら何故仲間にしてくれたんですか。フミノさんにもリディナさんにもメリットはないですよね」
セレスにそう言われてしまった。
どう言えばいいのだろう。うまい伝え方が思いつかない。
私の言語化能力の無さのせいだけじゃない。私自身も私が言いたい事をよく理解できていないからだ。
それでもここで黙ったらセレスの問いを肯定してしまう。だから私は言葉をひねり出さなければならない。
言わなくてもわかってくれる。往々にしてリディナにはそういった感じで甘えてしまう。でも本当はそれでは駄目なのだ。言葉として出さなければ他人には通じない。
だから私は必死で考える。私自身もよくわかっていないのに無理やり言葉として続ける。
「メリットは必要ない。セレスには水属性が最初からレベル3だし魔力も40と魔法を使えないにしては大きい。これは確かに才能。
でもそうでなくとも仲間にしたと思う」
「何故ですか」
やっぱりそう聞いてきた。私は説明できるだろうか。私自身ですらよくわからない今の気持ちを。
私が感じている事思っている事が少しでも伝わればいい。何とか伝わってくれ。そう思いつつ次の台詞を絞り出す。
「出会ったから。きっと本当の理由はそれだけ。それ以上じゃない」
セレスの返答まで少し間があった。
「どういう事ですか」
「セレスに出会った。セレスに行き場がないと知った。なら仲間として一緒に行こうと思った。
理由はそれだけ。才能は確かにある。でもそれは重要ではない。むしろ後付け」
「同情とかそういった感じですか」
「わからない。そうなのかもしれない。でもセレスが可哀そうだからという訳じゃない。そう思ったからじゃない」
この辺は難しい。どう言えば伝わるのだろうか。私自身もうまく把握できていないのに。
「同情と言う言葉が出た。それもあるかもしれない。かつて私は元の場所が辛くて逃げて来た。そんな自分に起こった事を思い出して同情しているのかもしれない。
セレスがいい状態じゃないと感じているのかもしれない。セレスが良くない状態になると思うのが嫌なのかもしれない」
うまくまとまらない。でもまとまらないからと言って言葉にしなければ何も伝わらない。
だから私は続ける。
「でもセレスが私達と一緒にいるべきだとか、セレスの為にも一緒に行こうという訳ではない。セレスの為じゃない。
あくまでこれは私自身の為。セレスが今の状態で他へ行くよりは私達と一緒の方が、私が、フミノという存在が安心できる、納得できる、落ち着ける。
だから私の為であってセレスの為じゃない」
思いつく事を必死に言葉にしていくうち、少しずつ私自身の頭も整理される。
理由も結論も少しずつ見えてきているような気がする。
「そうしたいと思ったのは出会ったから。出会って仲間として一緒に行きたいと思ったから。
ただそうする事でセレスの選択の自由を奪ったかもしれない。それについては反省している」
「でもそれって、フミノさんには全くメリットは無いですよね。私というお荷物が増えるだけですよね」
「仲間として一緒に行きたいと思った。セレスが仲間になってくれた。それで私が安心できる。メリットはそれで充分」
ふと私なりの何かが見えた。その何かを辿りながら私は更に続ける。
「セレスはセレスでいてくれればいい。
勿論便利な魔法を使えるようになったら私も嬉しい。パーティの仲間としても便利。でもそうでなくてもセレスは仲間。仲間でいて欲しい。
はっきりした理由がない限り私はセレスを手放したくない。他に行ってほしくない。他に行って酷い目にあうと思いたくない。もし他に行くとしてもこれなら絶対問題ないと安心できるような場所へ行って欲しい。
それまではセレスに仲間としていて欲しい。仲間であって欲しい。確かに魔法や勉強は教える。でも対等な仲間として一緒にいて欲しい。
役に立たないから見捨てるなんて事はない。無理もして欲しくない。今の時点で既に対等な仲間だから。これはセレスの為ではなくあくまで私がそうして欲しいという希望だけれども」
冷静に考えるとこれって男女間の一目惚れと同じだよなと思う。出会ったから一緒に居たいだなんて。
でも私の思った事等を冷静に整理すると残った理由はそれだけだ。出会ったから、そして不幸になると思うのは嫌だから。
残ったのはそんな私の勝手な理由だけ。一方的な一目惚れとそう変わらない。
でもここまで言って私は理解した。伝えるべき事も伝えたい事も。
ここまでかなり大回りをしてしまった。でもやっとシンプルな形にまとまりそうだ。
だから私はこう告げる。
「何が出来る出来ないは関係ない。理由もよくわからない。それでも私はセレスにいて欲しい。仲間として一緒にいて欲しい。これは私の勝手な言い分。でもそう思っているのは本当」
何とか言い切った。これで伝わっただろうか。伝わったとしても理解してくれるだろうか。同意してくれるだろうか。
私にはわからない。私は私であってセレスではないから。それでも言いたいことをある程度は伝えたつもりだ。
「フミノさんが言っている事、難しいです」
セレスはそう言って鉛筆を置き、私の方を見た。視線が合う。今までのセレスと違う強い視線だ。思わず目を逸らせて逃げたくなるが必死に耐える。
今はこの視線を受け止めなければならない。そんな気がするから。恐怖耐性がキリキリしているけれどここは我慢だ。
「だから聞きます。たとえ魔法が使えなくても文字をおぼえられなくても役立たずでも、私がここにいていい。そういう事ですか」
「いていいじゃない。いて欲しい」
そこは違う。だから言い直す。
「本気ですか」
「勿論」
ここで負けてはいけない。少なくとも私はそう感じる。だから必死でセレスの視線を受け止める。恐怖耐性がショートしかけているけれど必死で耐える。
「何でそんな事を言えるんですか。フミノさんにとってメリットなんて何もないのに」
「私がそうしたいと思ったから。メリットはそれで充分」
「損をすると思いますよ」
「かまわない」
私の恐怖耐性が限界。それでも負ける訳にはいかない。
「何でなんですか。親だって私の事をいらない子だと言ったのに」
「私がそうしたいと思ったから」
我ながらあやふやな理由だと思う。でも事実だ。だから引き下がらない。
「本当ですね」
「勿論」
先程と同じやり取りを繰り返す。いや少し違うか。ちょっと思考が辛い。他人の視線はやっぱり怖いから。私より年少の少女相手でも、ここまで本気の状態だと。
あ、ついにセレスが視線を逸らした。勝った、そう思った途端くらっとくる。視界が廻る。立っていられなくなる。
恐怖耐性の限界、とっくに突破していたようだ。見える景色も心も全てが黒く消えていく。倒れる前に手をつけたけれどそれが限界。
セレスの声が聞こえた気がする。けれどもう駄目。意識すら……
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