第75話 私はわかった

 そうか……

 私は気付いた。いや認めた。気付いていたのに気づかないふりをしていた事に。

 私は変わってしまったのだ。此処へ来てあの拠点に独りでいた頃までの私とは。


 きっかけは間違いなくリディナだ。リディナと出会い、本をいっぱい買って読んで、旅に出て……


 討伐だけではない。買い物をしたり、苦手ながらも人と話したり、美味しいご飯を食べて、たまにはご飯を作ったりなんて事をして。


 なら……。私は更に考える。今の私は何を望んでいるか。何をしたいか。どうしたいか。


 わからない。わからない。わからない。いくら考えてもわからない。

 でもわからないからこそと思う自分がいる。わからないならわかろうとしようと。わかろうとしていこうと。


 だから……私は思う。結論が見える。何故かはわからないけれど理解する。わからないけれど、わかろうとする為に、まだ旅を続けよう。そう私自身が望んでいる事を。


 全く持って合理的でも理性的でもない。単なる一時の感情的な結論かもしれない。きっと間違いなくそうだろう。


 この街はいい場所だ。ここで私は充分暮らしていける。ミメイさんやカレンさんもいる。

 それを無視してまだ旅を続けようなんて。どう考えてもおかしい。狂っている。


 それでも私はわかっている。気付いている。旅を続けよう、そう思った時に私の頭の中の何処かがすっきりとした事に。もやもやが晴れた事に。


 理由はわからない。単なる感情というか気の迷いなのかもしれない。それでも私はまだリディナと旅を続けたいと思っている。そう希望している。


 結論は出た。出てしまった。自分でも驚いたけれど。

 さてそれなら旅の資金を稼がせて貰おう。私は視点を動かす。確か他に魔物がいそうな場所は……


 ◇◇◇


 結論も出たし魔物も狩った。風呂時間だけでゴブリン6匹。つまり褒賞金小銀貨18枚1万8千円。いい感じだ。


 そんな訳で機嫌よく風呂場を出る。

 おっと、リディナがこっちの建物のリビングにいた。向こうの建物の広いリビングか、そうでなければ自分の部屋にいると思ったのに。


 リディナは読んでいた本から顔をあげてこっちを見る。


「良かった。答は出たみたいね」


 本当にリディナ、私の心を読んでいないよな。まあ毎回そう思うのだけれども。

 何はともあれその通りなので私は頷く。


「どう決めた?」

「旅を続ける」

「良かった」


 リディナは微笑んだ。


「もし答がまだ出ていなかったり、ここに留まるという答だったりした場合は、もう一度考えてって言うつもりだったから」

「何故?」

「旅をしている間、フミノ、楽しそうだったから。あの洞穴の拠点おうちにいる時よりも」

 

 そうだろうか。考えてみる。思い出してみる。あの時だって楽しかったよな。本が少しずつ増えていって。


 でも……確かに今の方が楽しいかもしれない。


 次にいく街がどんな街かはわからない。男の大人の人、それも怖そうな人ばかりなんて可能性だってある。知らない事は怖い。


 それでも今までの旅が楽しくなかった訳ではない。いや確かに間違いなく楽しかった。

 知らない美味しいものもたくさんあった。魚やタコを買って海鮮丼なんて作ったりもした。寝心地がいいシーツだって手に入れた。


 思い出す。ついさっき『私はただ流れるままに歩いてきただけ』だと思った。でも違った。それは日本にいた時からあの洞窟拠点を出る時までの話だ。


 その後は私、結構好き勝手な事をしてきた。ナンパ男を砂に埋めたりフィリロータで村長相手に一席ぶったり。以前の私では考えられない、私らしくない事まで。


 いやこれも違う。私らしくないんじゃない。これも私だ。私がやりたいと思ったのだ。やりたいと思ったからやったのだ。


 私は特に何かしたいと思わない、そう思おうとした。私がしたいという事を見ないようにした。

 リディナがそうしたいだろうからそうしようと思った。判断をリディナのせいにした。

 リディナが離れないようにという理由にこじつけてそれが私のしたい事だったという事に気づかないふりをした。


 フィリロータの村を救おうと思ったのも、トンネルを掘ったら皆が喜ぶだろうと思ったのも、もっと旅をしたいと思ったのも。

 そう、全部私だ。私がそうしたいと思って判断したのだ。


 そう。私はしたいようにしていたのだ。間違いなく。

 洞窟拠点を馬鹿領主に奪われて旅に出た。そこまでは確かに流れるままだったかもしれない。


 でもその後は全て私の意志だ。以降の選択は流されているとか言いつつも要所要所で私がしたい方、望んでいる方へ私が判断して決めている。


 そして何故そう出来たのか、それが出来たのかもわかる。リディナのおかげだ。リディナがそうさせてくれたのだ。

 だから私はそれを言葉にする。今、私がそうしたいと思うから。


「リディナ、ありがとう」

「お礼を言うのはこっちもよ。フミノのおかげで私も毎日楽しいから」


 リディナは軽くこっちに頭を下げる。何でもないことのように。

 実際リディナにとっては何でもない事だったのかもしれない。それでも私にとっては大きな事だったのだ。リディナがいてくれた事が。何気なく支えてくれたことが。


「それじゃそろそろ寝るね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 私は寝室に行くリディナにもう一度頭を下げる。本当にありがとう。そう思いながら。


 ◇◇◇


 翌日から4日間はごくごく静かに過ぎた。

 

 私とリディナは午前中は魔獣や魔物討伐。午後は買い物や図書館という感じ。


 ミメイさんはカレンさんから依頼を受けたそうだ。翌日朝一緒に冒険者ギルドへ行って、その日は夜に帰ってきた。

 以後は朝一緒に朝食を食べた後出かけて、夜帰ってきて一緒に夕食を食べる形。地元のよく一緒に活動している冒険者に護衛してもらってあのトンネルに土壌改質魔法をかけているそうだ。


 確かにトンネル周辺を単一の岩盤にしたら頑丈だろうし半永久的に使えるだろう。本当に便利な魔法だと思う。

 

 なおミメイさんによればカレンさんはあの夕食会の後、仕事が忙しいらしく姿を見ないそうだ。ただ心配はしなくてもいいらしい。

 その辺の理由はよくわからない。けれどミメイさんがそう言うなら大丈夫なのだろう。


 なおカレンさんと食事をした次の日から、出会う人のステータスをちらりと見て魔法適性を確認したりもしている。


 人によって確かに適性の差はある。ただやはり誰もがどの属性にも最低1の適性は持っているようだ。このことについてもリディナやミメイさんには報告済み。カレンさんにはミメイさんが伝えられる時に伝えてくれるだろうと思っている。


 ただ、ここに留まるかどうかについての回答はまだミメイさんにも言っていない。

「聞かれてから答えても問題ないと思うよ」

 そうリディナが言うのでそのままにしている。


 そして4日目の夜。


「カレンから連絡があった。明日は朝9の鐘くらいに冒険者ギルドに来て欲しいそう。トンネルの件の褒賞が出たらしい。私も同行する」


 ミメイさんからそんな話が出た。


「そっか。もう1週間なんだね。そう言えばトンネルの方はどう?」

「ほぼ完成。明日の正午に通行開始。既に発表済み」

「そう言えば道路なんかもかなり変わっていたよね」

「表面は焼土のまま。でも下は土壌改良で礫層にして荷重に強く水はけも良くした」


「土魔法って本当に実用的だよね。でもレベルが高くないと無理か、そこまでやるのは」

「土壌改良はレベル4から。礫層を作るのは難しくない。岩盤化するのはレベル6が必要」


「レベル6かあ。私やフミノで一番適性があるのでレベル4だしね。風属性、毎日訓練はしているけれどレベル4になってからなかなか上がらない」

「訓練で上がるというのがむしろ新しい知識。私も鍛えがいがある」


 確かに上がる方法が分かるだけでも進歩ではあるのだろう。それでも私だってそろそろ攻撃魔法を使えるようになりたいなとは思う。

 何せ攻撃魔法を使えない魔法使いなのだ、今の私は。

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