第74話 私はどうしたい

「ところで話は変わりますが、お2人は褒賞金が出た後どうされる予定ですか。どちらかへ行く予定でもあるのでしょうか」


 カレンさんに突如そんな事を聞かれる。


「特に目的地はありませんが、海岸沿いを南に向かって進んでいこうと思っています。私達は本来は討伐専門の冒険者パーティで、南の方が魔物や魔獣が多いですから」


 私ならどう説明しようか考えるところを、リディナはさっと答えてくれる。どうすればこうやってスムーズに回答出来るのだろう。私からみれば途方もない能力だ。


「そうですか。もし宜しければこちらにとどまって頂ければと思ったのですけれど。

 ここは山奥で何もありませんが暮らしやすい場所です。山も近いのでそこそこ魔獣や魔物も出ますから討伐主体の冒険者の仕事も充分ありますから」


 予想外のお誘いだ。考えてもいなかった事なのでちょっと思考がうまく働かない。


「ありがとうございます。その辺はフミノと2人で考えてみます」

 

 なるほど。すぐに答えが出せない場合はこう言って先送りするという手を使えばいいのか。勉強になる。


 でもこの街にとどまるという選択肢、どうしようか。


 確かにこの街は住みやすそうだ。物価が安いし、それほど人は多くないし。討伐も出来る。図書館もなかなかいい。


 条件は悪くない。いや、条件は間違いなくいい。トンネルを使えるならカレンさんのいるローラッテまでだってすぐ行ける。

 何ならギルドは向こうを使えばいい。カレンさんは信用しても問題ないと思う。ステータスと感覚で判断した限りは。


 家だってここで定住すれば借りる位は出来る筈だ。ならあの洞窟拠点の時より間違いなく条件はいい筈。


 それでも何故かすぐにそうしたい、此処に定住したいと思わない。何故だろう。そう踏み切れない。理由がわからない。自分の気持ちなのにわからない。


 この件についてはあとでリディナに相談しよう。リディナと別れる訳にはいかない。だからリディナがどう思っているか聞いてその通りにしよう。

 うん、これでいい。そこで私はこの件について考えるのをやめた。

 

 ◇◇◇


「本日は思ってもみなかった事を教えて頂きました。この件についても調整の上、早急にとりかかろうと思います」

「いえ、こちらこそお手数取らせる事になってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、これはこの国にとってもかなり有意義な事ですから」


 そんな挨拶をした後、カレンさんは冒険者ギルドへ帰っていく。ギルドに泊まる部屋を確保しているそうだ。明日も早くからお仕事らしい。大変だ。間違いなく私達のせいだろうけれど。


「私も寝る。今日はありがとう」

「ううん、こっちこそ。それじゃおやすみなさい」

「おやすみなさい」


 ミメイさんも私達が貸している小さい方の小屋へ。


 そんな訳でリディナと2人になる。どうしようか。さっきカレンさんが言った此処にとどまる事について相談しようか。それとももう遅いから明日以降にしようか。


「さっきカレンさんが言った事、此処にとどまるかどうかについては今夜ゆっくり考えてね。明日の朝、朝食でも食べながら話しましょ」


 タイミングよくリディナの方からそう言ってくれた。よしよし、それなら明日にすればいいか。


 この辺リディナが時々私の思考を読んでいるようだなとも思う。ただしリディナのスキルシート上にはそんな魔法も能力もない。称号にフミノの保護者なんてのがあるだけだ。


 この称号には私の思考を読む能力は含まれていないと思う。単なる称号だし。


 いずれにせよ明日、リディナの意見を聞けばいい。そう思った時だ。


「ただ、私の意見を聞いてその通りにするというのは駄目だからね。フミノはフミノとしてどうしたいか考える事。

 きちんとした理由はなくてもいい。ただそうしたいというだけで構わない。ただし私と同じという意見は駄目。わかった?」


 うっ、本当に思考を読まれているようだ。


「わかった?」


 リディナはもう一度私に尋ねる。


「わかった」


 一応そう返事をする。わかったのは確かだから。しかしどうしようか。悩む。


「それじゃフミノはお風呂まだでしょ。入ってきたら?」

「わかった」


 確かにそうなので頷いて風呂場へ向かう。それにしても私がどうしたいかを考えるのか。うーん…… 


 面倒なので服を脱がずにそのまま収納。結び目その他はあとでほどけばいい。浴槽に魔法でお湯を入れ中につかる。


 浴槽で身体を伸ばして考える。私はどうしたいのだろうかと。

 改まってそう考えた事はなかった。大体において私の人生に選択肢なんてものはなかった。ありそうに見えても実際は無かった。周りがもう答を決めていた。


 この世界に来るまではそうだった。この世界に来てからもそうだった。私はただ流れるままに歩いてきただけだ。それしか出来なかったからというのもあるけれど。


 それでもリディナがああ言った以上、私は答えを出さなければいけない。リディナはこういう面では頑固だ。それを私は知っている。


 私は考える。私はどうしたいのか。ふと思い出す。確か前にリディナに言ったなと。


『ひっそり静かに生きていきたい』


 そう。私はひっそり静かに生きていければいい。それだけだった。それだけだった筈だ。

 ならここに留まるのが正解だろう。そう思って、また先程感じた迷いに気づく。あの洞窟拠点の時より間違いなく条件はいい筈なのに。わからない。


 一度頭の中をリセットしよう。偵察魔法の視点の片方を街の外へやる。昨日も狩りをしたのでゴブリン等が出そうな場所はわかっている。予想通りの場所にやっぱりいた。


 土をかぶせ、頭の上から小屋を作る際に出た余りの丸太を落とす。あっさり3匹討伐成功。


 うん、これを毎日繰り返すだけで此処で毎日生きていける。図書館も充実したものがある。リディナの他、ミメイさんもカレンさんもいる。領主も悪くない。街や村の雰囲気もいい。


 それなのに何故私は迷っているのだろう。


 ふと思う。私は本当に『ひっそり静かに生きていきたい』だけなのだろうかと。

 

 以前は確かにそうだった筈だ。静かに生きていければそれでよかった。危険がなく、誰とも会わず、独りで静かにひっそりと。


 なら……私はふと思う。考える。あの時と同じようにリディナ無しでいられるだろうかと。


 リディナは便利な道具。私が出来ない対人交渉を全部やってくれる便利な道具。それだけの筈だ。それだけの筈だった。


 この街や隣のローラッテなら、その気になればきっと私1人でも生きていける。


 冒険者ギルドに入る時は事前に偵察魔法の視点を飛ばせばいい。

 買い物だって何時頃に回れば人が少ないか、どの店の店主が女性か、偵察魔法を使えばわかる。仮に店主が男性でもある程度離れれば最低限の会話は出来る。フィリロータで実践済みだ。


 ならリディナという道具無しでも私は生きていける筈。問題はない。でも私の心はそれを否定する。リディナがいないと嫌だと主張する。

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