第57話 トンネル完成
「フミノ、ご飯にしよう」
リディナから声がかかった。気が付くと周囲に食欲をそそる香ばしい匂いが充満している。
「パンの匂い」
「時間があったから久しぶりに焼いてみたの。ある程度まとめて焼いて収納しておけばいつでも食べられるしね」
リディナは斜めかけにして持ち歩いている鞄に自分の自在袋のほか、酵母種が入った瓶を別に入れている。自在袋や私のアイテムボックスに入れてしまうと菌が死んでしまうからだ。
久しぶりにそれを使ってパンを焼いたらしい。
「今日はパンを焼いたから昼食は簡単だけれどいいかな」
「簡単じゃない。充分以上」
薄切りのロースト鹿肉、野菜サラダ、スープ、パン用のチーズ&香草のソース。薄切りラルド。どう考えても充分すぎる。
「それじゃ食べよう」
リディナが焼いたパンは長丸形。これをやや斜めにスライスして食べる。
最初の1枚はあえてなにもつけずにいただく。
やっぱり美味しい。焼きたてという事を除いても売っているパンより上だろう。かつて私が日本で常食していた菓子パンとは比べるのも申し訳ない。
「美味しい」
「この領地で売っている小麦粉やバター、値段が安いし質もいいしね。それに時間があったからつい、パンをいっぱい焼いちゃった」
確かに濃厚な小麦の香りといいバターの風味がある。何かをつけて食べるのはもったいない。
それでも誘惑に負けてラルドを一切れ載せ、さっと魔法で熱を通して透明になったところをガブリ。うん、申し訳ないくらいに最高だ。
「ところでトンネル掘り、どんな具合?」
「本体はまだ3割行かない。あと水抜き坑を2本掘った」
掘るだけなら簡単だ。偵察魔法で方向を決めアイテムボックスに収納するだけ。土の深いところは生物もほとんどいない。だから魔力もほとんど消費しない。
しかし水対策その他の処理が面倒だ。粘土の層などは空気中の水分を吸って膨れたりもするらしい。かつて私が読んだ小説によるとだけれども。
だから床面や天井や壁を魔法で乾燥させ、その後高熱で表面を焼いて空気と触れないよう処理してやる。この程度の魔法なら今では偵察魔法で見ながら起動できる。私との間に空気以外の何もなければだけれども。
しかし乾燥させると土は少し縮む。だから乾燥させて突き固めてを熱処理の前に2回繰り返している。
掘る作業以上にそんなこんなの手間が必要だ。魔力も思い切り消費するし。
「でもここに着いてからまだ2時間も経っていないよね。それで3割ならかなり早いんじゃないかな?」
「予定では完成、明日昼過ぎくらい」
私にとってトンネル工事は山を登る苦労を避ける為の措置。だから歩いてローラッテへ行くより時間や手間がかかっては本末転倒。そういう意識がある。
「それって普通に考えたらとんでもない早さだと思うけれど」
「今のペースなら問題ない」
「本当フミノって凄いよね」
そんな事はない。
「リディナの料理は美味しい。パンも他のものも。これだけでも充分凄い」
しかもリディナは此処に来てから近づいてきたゴブリンを合計6頭狩ってもいる。パンを焼いたり調理をしたりしながら。
普通に暮らすならリディナの方がよっぽど役に立つし凄いと思うのだ。違うだろうか。
なんて事を思いつつもパン美味しい。おかずもソースも美味しい。食べ過ぎないように注意が必要だ。まあそれも毎度のことなのだけれども。
◇◇◇
翌日のお昼前。ついにトンネルが開通した。予定より早く出来たのはローラッテ側の地質が思った以上に良かったおかげだ。
ただ残念な事もある。
「温泉は出なかった」
トンネル工事途中で温泉がでないかと少し楽しみにしていたのだ。これはかつて日本で読んだ小説の影響。温泉が出たら湯船だけ整備してアゾハラオンセンと名付けるつもりだったのに。残念だ。
「でも通るのが楽しみだね」
「中は何もない。それに掘った後崩れる可能性も否定はできない。だからトンネル内にいる時間は最小限にする」
「一気に走り抜ける訳?」
「ちょうどいい魔法を習得済み。試してみたい」
アコチェーノに来た時に空属性のレベルが4になった。そこで調べて少し練習したところ、ある魔法が使えるようになった。今回はこの魔法を使ってトンネルを通るつもりだ。
「それなら昼食が終わったらここを片づけてローラッテへ行く?」
そのつもりだった。私は頷く。
「トンネルって周囲が土だから汚れるよね。着替えた方がいいかな」
「床、壁、天井ともに焼いてある。問題ない」
「ならこのままでいいか。でもそれじゃフミノ、魔力大丈夫?」
実はかなり厳しい。残り2割を切っている。
「トンネルで使う魔法と偵察で安全確認する分は問題ない」
「少し休んで回復してからの方がいいんじゃない? トンネルの向こうからローラッテへ歩く分もあるし。
此処からローラッテまではどれくらいかかりそうなの?」
「1時間以下」
それくらいあれば充分着くと思う。トンネルの向こう側の坑口からローラッテの街までは
「なら少しここで休憩してから行こうよ。それでも向こうのギルドには間に合うでしょ。何なら明日行っても問題ないし」
確かにその通り。リディナが正しい。
しかし実は私、試してみたい事があるのだ。それは新しい魔法である。さっきリディナに言ったところのちょうどいい魔法だ。
この魔法、長い直線だと非常に使いやすい。しかも今まで私が修得した中でもかなり恰好いい魔法だ。中二病をくすぐるというか……
これをとにかく使いたかったりする。
「どうしても行きたそうね。でもそれなら1時間だけ休んで、それから行こう。1時間休めばある程度魔力は回復するでしょ」
まあそうだな。そう思ったので私は頷いた。
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