第56話 トンネル掘削開始

 案内されたのは鉄を出したのとは違う倉庫だった。

 中に入った途端空気の温度と肌触りの違いを感じる。魔法か魔術で乾燥状態を保っているようだ。

 布製の袋に入れられた木炭がびっしり積まれている。


 なお魔法と魔術の違いは簡単。魔法は人が呪文詠唱や念じることによって起動するもの。魔術は魔法陣や魔法式の描画等で効果を顕現させるものだ。

 魔術なら一度措置をしておけば描画したものが消えない限り半永久的に使用出来る。


 事務員さんがリディナに尋ねる。


「どのくらいの量を運んでいただけるのでしょうか」

「4002,400kgでお願いします」


 この量はリディナと打ち合わせ通りだ。ちなみにローラッテから持ってきた鉄インゴットと同じ重さ。


「ありがとうございます。それだけ運んでいただけると助かります。それではここの横5個、上から4段目までを収納してください」


 こっちも1袋が20重120kgのようだ。木炭の方が軽い分遥かにかさばるけれど。

 ただ収納するのは問題ない。きっちり管理されていて微生物もほとんどいないから消費魔力も少なくて済むし。


 収納した後ギルドの建物に戻り、依頼書を渡された後、外へ。


「それで今回はどっちの方へ行けばいいの?」

「西門から川沿い」

「まずは西ね。わかった」


 こういう場合でも先頭はリディナだ。まだ街の中だから人が多いし。


「こちらの門を出られる方は珍しいですね」


 受付のお姉さんが話しかける。


「少し魔獣を狩ってこようと思っています。その後、稜線を越えてローラッテへ行くつもりです」

「こちらからは道らしい道はないので注意してくださいね」


 私達は無事門の外へ。

 獣道以上、登山道以下という感じの踏み跡が川沿いに続いている。先に人の気配はない。

 ここからは私の出番だ。リディナに代わって先頭へ。


「リディナ、200腕400m先ゴブリン3匹。左側から出てくる。止まるからお願い」

「わかった。任せておいて」


 この辺はいつも通りだ。

 更にゴブリン2匹、角兎4匹を追加しつつ歩くこと半時間30分程度。


 右側の樹種がアコチェーノエンジュから樫系統っぽいのに変わった。なら次の支尾根だな、道を作るべき場所は。


 そんな訳で支尾根に続く獣道のところで私は立ち止まる。


「ここからトンネルを掘るの? 長くなりそうだけれど」

「少し山をのぼる」


 この獣道は支尾根に沿ってのぼっている。途中まではこの道を進めそうだ。


 ただローラッテとアコチェーノを結ぶ道になるのなら荷車を引ける程度の傾斜で道を作ってしまった方がいい。その方が私達も歩きやすいし。


 よし、獣道にこだわらず道を造成してしまおう。ただしいきなり街道と同じ幅というのは目立つから細めに。更に入口部分は見つからないようあえて作らず隠しておいてと。


 どれくらいの傾斜なら許容されるだろう。私はかつて日本で見たWebページを思い出す。明治頃に作られた、今は廃道となっている場所を探検している奴だ。あんなイメージでいいかな。


 おお土木の神三島通庸よ我を導き給え。冗談でそう唱えてみる。ちなみに三島通庸とは明治時代に土木県令とも呼ばれた実在の人物。先程のWebページに明治道を作った人としてよく出てきていた。


 なお那須塩原の三島神社は彼を祀っている。だから本当に神でもある。きっとこの世界には関係ないけれど。


「まずはここから」


 私は偵察魔法の視界と、明治道の廃道イメージをもとに進路を決め、歩き始める。最初はあえて下草等を刈らずにそのまま30腕60mくらい。


 もういいだろう。そこから先は植物を収納魔法で適宜収納し、更に踏み固め魔法を使って細いながらも歩きやすいように加工。ある程度魔力は削られるが仕方ない。


「この歩きやすくするのもアイテムボックスだよね」

「帰りの事もある。だから整備はしておく」


 魔力は減るが歩きやすいのでいい感じに進む。半時間30分程度で予定通りの場所に出た。すぐ下を小さな沢が流れて水音を立てている。左側は急斜面だ。


「ここからトンネルを掘る。まずは休める場所作り」


 斜面を削り木を何本か収納して平地を造成する。ここはトンネルの坑口となる予定地だ。


 なお少し離れておうちを出す場所も作っておく。少し離すのは万が一の際の被害を防ぐためだ。トンネル掘削の影響で万が一崩落や岩はねが起きた場合、すぐ近くにお家があると危険だから。


 なお私のトンネルについての知識は日本で小説やWebから得たものだ。具体的には『高熱隧道』とか『闇を裂く道』とか『黒部の太陽』とか。


 だから事故を想定してしまうのは仕方ない。『恩讐の彼方に』なら掘ってしまえば終わりなのだけれども。


 さて、坑口部の場所として削った斜面は突き固め魔法で念入りに固め、更に熱で焼いて固めておく。更に水抜き用の穴を一定間隔で開けてと。こんなものかな。


「何かフミノがやる事を見ていると、土木工事が凄く簡単な事のように見えてくるよね」


 いやリディナ、そうでもない。三島通庸とその反対者に怒られる。いや違うか。


「私は表層をいじっているだけ。本格的な街道は下に砕石を敷いたり工夫している」


「それはそうだけれどね。でも地形を変えるような事って1人でするような仕事じゃないよね」


「土属性のレベルが高ければ出来るかもしれない」


 私の出来る事なんてあくまでその程度だ。 

 さて、この部分の木を収納し土を動かした事で、付近の気配が少し動き始めている。


「リディナ、とりあえず右側山方向からゴブリン2匹。他にも近づきつつある気配がある。対処頼む」


「わかった。ゴブリンなら任せておいて。監視魔法である程度近づけばわかるから」


「ありがとう」


 私はあまり魔力を消費したくない。ここへ来るまでに既に魔力を半分ちょい消費してしまった。しかもトンネル掘削はこれから。


 とりあえず坑口から少し離れた場所も整地してお家を出す。私が作業中にリディナがやる事がなくて困らないように。リディナも監視魔法にかなり慣れてきたから防衛その他はお願いしよう。


 それではトンネル作業開始。まず偵察魔法でトンネルの向こう側となる場所を確認。うん、問題ない。ほどよく谷間で他の場所から見えにくくなっている。予定通りだ。


 そこまでのトンネルの経路は……うん、これもほぼ問題ない。途中に数カ所ある水が出そうな場所、これは先に導水抗を作って逃がしてしまおう。この水の件が関係しそうな場所に住んでいる人はいなさそうだし。


 なら最初は導水抗からだな。トンネル本坑の斜め下くらいの位置で、坑口が沢にでるような形で掘削開始。まあ実際は掘削ではなくあくまで土や岩の収納なのだけれども。


※ 本文中に出てくる図書・Webページ

  高熱隧道   著:吉村昭

  闇を裂く道  著:吉村昭

  黒部の太陽  著:木本正次

  恩讐の彼方に 著:菊池寛

  山さ行がねが http://yamaiga.com/ Copyright(C) ヨッキれん/平沼義之

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