第51話 背徳の夕食
百科事典と国勢図会をある程度読んで、私は此処フェルマ伯領の状況を理解した。どうやら領主であるフェルマ伯爵、有能だし頑張ってもいるようだ。
まず地形的条件。フェルマ伯爵領はザムラナ山系とそれを挟んだ2つの盆地というか谷という地形になっている。
2つの谷間を直接結ぶ道は無い。山越えをするか、東の海岸近くまで出て回り道をする必要がある。故に2つの谷は同じフェルマ領と言えど行き来は無い。
領地全域が山と谷で平地が少なく畑に適した土地が少ない。必然的に農作業の効率も悪い。故に農作物を他と同じ値段で買い取った場合農家がやっていけなくなる。
しかし領内である程度穀物を生産できないといざ飢饉等になった場合に悲惨な事になる。だから結果として領主家で他よりやや高い買取金額を決めて一括で買い取っているようだ。
また領地がそういった環境なので、食料や生活必需品の大部分は他から買ってくる事になる。だが商人に任せたら輸送料金等でどうしても高くつく。
そこで領主直営で運送をも手配する事によって価格を抑えている。領内で生産する鉄鋼や木炭、木材加工品等運送の帰路でそれらを運送する事により経費を可能な限り圧縮して。
ただ結果としてこれら食料や生活必需品確保に要する経費は領主家にとってかなりの負担になっている模様だ。
ただ北側の谷にあるローラッテの西側の山では鉄鉱石が産出する。そしてザムラナ山系の主稜線から南側には生育が早いアコチェーノエンジュの生育地がある。
つまり鉄鉱石と木材を産物として利用できる訳だ。鉄鉱石は製鉄してインゴット等に加工して、木材は材木、木炭、その他製品に加工して出荷される。
ただし製鉄に必要な木炭の供給は現在冒険者等任せ。だから鉄鋼生産量は以前に比べ大幅に低下している。
木材関係についても質は評価されているものの最近開発された南部の安い木材に押され気味。
木炭も質はいいのだがこの国は概して気候が温暖なので料理や真冬の暖房にしか使われない。しかもこちらも安い南部材の木炭に押され気味だ。
うーむ、ここの領主、苦労している。それでも食料や生活必需品等の物価を上げたりしないのは立派だ。実際は物価を上げた際、労働者が領内から移出するリスクを考慮したからだろうけれど。
ただそういったまともな計算が出来るというのは悪い事ではない。少なくともロレンツォ伯爵とかオッジーモ子爵よりは数十倍まし。
そんな結論が出た頃だった。
「フミノ、ご飯できたよ」
リディナの声。
「今行く」
本をたたんでリビングへ。
おっと、今日の夕食はご飯だ。食事という意味のご飯ではなく、米を炊いたものという意味のご飯。
おかずは刺身とスープ。ただ刺身といっても日本風の盛り合わせではない。野菜やチーズと一緒にカラフルに盛り付けられ、何かドレッシング風のものがかかっている。
地球で言うところのカルパッチョとか言うものに似た感じかな。見た事も食べた事もないけれど。
わかるのは間違いなく美味しい奴だという事だ。
「これはね、この熱いご飯の上にまずこのラルドを載せてね、前にフミノが作っていた魚醤ソースを少しアレンジしたものをちょっとかけて、それで食べてみて」
ご飯にラードか。厳密にはラルドはただのラードではなく、香草と塩味をつけて熟成したものだけれども。
大丈夫だろうかと思いつつ言われた通りにして食べる。香草交じりのラードがご飯の熱で溶けていく中に魚醤ドレッシングをちょいかけて、ご飯といっしょに口へ。
あ、これ美味しい。無茶苦茶美味しい。物は全然違うのだが味は卵かけご飯を最高級にしたような感じ。思わずかっ込んでしまう。
「あとは同じようにこのお魚や野菜と、やっぱりラルドを一緒に食べてみて。ほんの少し魔法で熱を通してラルドが透明になったくらいが美味しいから」
何というか背徳的な美味しさだ。ラードを食べていると考えると。
でも赤身がトロっぽく感じたり、野菜が濃厚になったり、確かに美味しいなこれは。ついこの前山越えで思い切り働いた後だしたまにはいいだろう。
ご飯がなくなったら盛って、刺身や野菜をのせて、更にラルドを載せて魔法で熱を通してかっ込む。ああラルドの塩味もいいし魚醤ソースも美味しいし……
気がついたらもう危険な位にお腹がいっぱいだった。やばい。
「美味しかった。食べ過ぎた」
「良かった、喜んでもらえて」
うん、やっぱり料理はリディナには敵わない。美味しすぎた。でもこれ絶対後で気持ち悪くなるな、食べ過ぎで。脂たっぷりだし。
「それじゃ明日はお家の見積もりとって、それからお買い物でいいかな」
うんうん頷く。食べ過ぎで動きが厳しい。これは駄目だ、もう今日は終わり。
アイテムボックス魔法でお皿を綺麗にして立ち上がる。
「食べ過ぎた。動けない。もう寝る」
昔話なら牛とか豚になりそうだと思いつつ、個室へと撤退。
◇◇◇
翌日。昨日夕食を食べ過ぎた癖に朝食をしっかり食べる。太れないし大きくもならない体質だから問題ない。そう自分に言い聞かせて。
実情はリディナの朝食が美味しいだけだけれど。
朝食を片づけついでに部屋の掃除等もした後、家を収納して街へ。
「まずはお家の見積もりとお願いだよね」
私は頷く。
「ここは領主家が経営している森林
その辺は昨日、本で調べたのだろうか。誰かに聞いたところを見ていないし。
迷わず歩いていくリディナにひっついていく。
大きな建物の前でリディナは立ち止まった。
「森林
うっ、そんな可能性もあるのか。少しだけ考えて答える。
「カウンターかテーブル越しでリディナがいてくれれば何とか」
私のぎりぎりの妥協点だ。
「わかった。基本的に私が全部説明するけれど、もし何か言いたいことがあったらお願いね」
私が頷いたのを見て、リディナは一歩踏み出す。私も遅れないようについていく。
中は冒険者ギルドに比べるとやや狭い。カウンター2カ所とテーブル席1箇所。奥は事務所のようだ。
「はい、なんの御用件でしょうか」
良かった。受付はお姉さんだ。だが油断は禁物、途中で男の人に代わるかもしれない。だからここで安心しないようにしよう。
「実はこちらで作って頂きたいものがありまして。まずはいくらくらいかかるか見積もりを取って貰おうと思いまして」
「わかりました。こちらにどうぞ」
テーブル席ではなくカウンターを案内される。これもありがたい。テーブル席よりも向こうの相手が遠い気がするから。
そして向かい側にはお姉さんが座る。よしよし、今日はついているぞ。
「それでどのようなものを作られるのでしょうか」
私は紙をアイテムボックスから出す。今まで描いた大きい家、小さい家のラフスケッチや概略図だ。
リディナがささっとまとめて、まずは小さい方の2階建てから出す。
「まずはこれです。2階建ての箱のような建物になります……」
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