第50話 お家計画再考中
私が焦っている間にもおっさんは近づいてくる。
紐がほどけない。近づいてくる。この家が目的ではなく単に近くを通っているだけであってくれ。
そんな半ばパニック状態の私の思考を無視しておっさんはこの家に近づく。ついにこの家の玄関前へ立った。扉をノックする。
「はい」
入ったところで倒れたままのリディナが返事した。
「フェルマ伯領森林
どうしよう、どうしよう……
私がいまだパニック状態だ。服の紐がほどけない。
「すみません。冒険者なのですけれど、宿に泊まるお金を節約しようと思ってここに一時的に場所をお借りしました。冒険者ギルドで野営できる場所と聞いて此処へ来たのですが、駄目だったでしょうか」
駄目だったら出て行かなければならない。だから服を……ああ紐がほどけない。
「ああ、それなら大丈夫です。ここは春の雪解け時期になると洪水で溢れます。そして他の時期は森林
おっと、大丈夫か?
一筋の光明が見えた気がする。
「もしお邪魔でしたら早急に移動させますけれど」
「いえ、問題ありません。ですがこの建物、そんな簡単に移動が可能なのですか」
「専用の大容量特製自在袋を持ち歩いているものですから。ただ専用に東の魔法の国で作って貰ったものですので、他の人は使えない代物なんです」
「これが入る自在袋ですか。それは凄い。わかりました。それでは失礼しました」
おお、危機は去った。気が付くと苦しい事に気づいて深呼吸を3回。くらくらして浴槽に両手をついてしまう。
そして思う。流石リディナだと。
あと今になって気付いたのだが、紐がほどけないなら取り敢えず別の服を出して着ればよかった。アイテムボックスに服はまだ3着入っている。焦っては何も出来ない。反省。
そう反省して落ち着くと案外固結びも簡単にほどけてしまうのだ。何だったんだ、今まで焦って苦労していたあの時間は。
でも取り敢えずリディナに感謝だ。
「ありがとう、リディナ」
「ううん大丈夫これくらい。食べるもの食べてここで休んだら少し楽になったしね」
よし。それでは気分を入れ替えよう。とりあえず風呂、交代だ。まずは風呂をアイテムボックススキルで清掃。新しい服を出して着替える。
「お風呂交代」
「ありがとう」
さて、風呂に入ったおかげでかなり楽になった。私は椅子に座り、テーブル上にサンドイッチと乳清飲料を出す。
ああ、食事が乳清飲料が身体に吸収されていくのを感じる。大げさに聞こえるが確かにそう感じるのだ。飯旨い。
旨いついでに思い出した。全然関係ない事だけれども。新しい家、大きい方ではなく道端でも出せるサイズの家を考えておかないと。これがないとローラッテに行くのが辛い。
紙と鉛筆を出して私は考え始める。まず大きさはどれくらいにしようか。何処でも出せるサイズという事は、縦横
確かにそれくらいなら何処でも置けそうだ。極端な話山道の途中、少し太くなっている処でも。
そして小屋に必要なのはベッドと食事場所。トイレは外でいいだろう。風呂は欲しいけれど我慢……
いや、2階建てにすればいけるか。ならついでにトイレも……
◇◇◇
「フミノ……」
うん、2階建てにすればトイレも風呂も何とか入る。2階に2段ベッドがあるリビングを設ければいい。
「フミノ、フミノ……」
でもこのままでは大風が吹くと倒れそうだ。なら下の地面に埋める支えを作っておくか。
設置する際は最初に穴を作って、家を出した後支え部分の周りを埋めて、その後にトイレ穴と排水用の穴を新たに開ければいいだろう。
何ならこの家と組み合わせられるように作ってもいい。そうすればこっちの家に風呂とトイレがいらなくなる。リビングと個室が広くとれる。
でもやっぱりもう少し広い方がいいかな、個室もリビングも。そう思った時、突然肩に何かが触れた。
「うにゃっっつ!」
思わず変な声が出てしまう。視線を上げて確認。リディナだった。
「集中している時は周りに気づかないのね。本に限らず」
「敵なら気付く。リディナは別」
敵が来た場合は監視魔法レベル2で自動的に気が付く。しかしリディナは敵ではない。故に気づけない。うむ、完璧な三段論法だ。違うか。
「それで今描いているのは新しい家?」
うんうん、私は頷く。
「狭い場所でも設置可能。2階建て風呂トイレ付」
「狭くても風呂をつけるのがフミノだよね。でも賛成」
よしよしリディナも賛成してくれたぞ。
「でもこれっていくらくらいかかるのかな。2階建てだと結構するよね」
あっ、そう言えば……。確かにかかるかもしれない。つい欲望に負けて風呂とかトイレとかを作ってしまったけれど。
「風呂、トイレ、作り付け2段ベッド、はしごは私が作る。作って貰うのは2階建ての箱と床だけ。これでいくらになるだろう」
「確かにそうすれば少しは安いかな。でもその辺は聞いてみないとわからないね」
「なら念のため、最小構成も考えておく」
こっちは簡単だ。トイレと風呂抜きの1階建て。2段ベッドを私が作るとしたら扉があるだけのただの箱。
ただこれだけではあまりに悲しい。やっぱりお風呂とトイレは欲しい。だって女の子なんだもん。そんな事を私が言っても似合わないけれど。
「とにかく明日はその辺プロと相談だね。見積だけでもお願いすれば、大きい方の家もいくら稼げば大丈夫かわかるよね。あと明日は市場も回って買い物かな。依頼を受けるのはその後でいいよね」
私はうんうんと頷く。
「それじゃご飯を作ろうか。お風呂に入って少し復活した。それにフミノに前に作って貰った料理があるじゃない。あれを食べてみて思いついたメニューがあるの。今日はそれを作ってみようかと思って」
おっと、それはそれは。
「楽しみ」
ならこのテーブルは明け渡すとするか。私は個室のベッドで読書していよう。
何なら此処がどんな場所なのか調べてみてもいいかな。国勢図会とボンヘー社の方の百科事典を棚から取り出し、個室へ向かう。
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