第48話 風呂に入る気力も

「それでは鉄のインゴットが置いてある場所へ案内いたします。こちらへどうぞ」


 おっと、ここで渡す訳ではないのか。考えてみたら当然か。鉄は重い。しかも錆びる。それなりの処に保管してあって当然だ。


 幸いこの受付嬢さんがそのまま案内してくれるようだ。男性に代わらなくて良かった。そう思いつつ受付嬢さんとリディナの後につづく。


 一度外に出て、そして隣の建物へ。中は大丈夫かな。そう思いつつ恐々ついていく。うん大丈夫、倉庫みたいな建物だが近くには誰もいない。


 長さ30指30cm程度の鉄角材が20本ずつロープで束ねられた状態で積まれている。


「これがお願いする鉄のインゴットになります。1本が1重6kgで、ロープで20本、20重120kgずつ束ねてあります。

 それでどれだけ運んでいただけるのでしょうか。紹介状では200重1,200kg程度は持ち歩けるとありましたけれど」


「4002,400kgでお願いします」

 リディナが打ち合わせ通りそう申し出る。


「宜しいのでしょうか。山超えの場合は野宿装備も運ぶ必要があると思いますけれど」

「大丈夫です。大容量の自在袋がありますから」


 この束20個分と考えると思ったより少なく感じる。鉄は重い分体積が小さいからだろう。


 本当はこの倉庫にある全部を入れても大丈夫な筈。ただそうすると流石に目立つ。これくらいが限度だろう。少なくともリディナの判断では。


「わかりました。4002,400kgですとここの横5個、上から4段目までを収納してください」

「わかりました」


 リディナの台詞に合わせて収納する。うん、やっぱり余裕だ。

 そして見た限り受付嬢さんも怪しんでいる様子はない。このくらいの量なら問題ないという事だ。つまりリディナの判断が正しかったと。


「流石ですね。それでは依頼状を正式に作成しますので、先程の部屋へ戻ります」


 再び先程のカウンターに戻って、依頼状に私の名前、分量、今日の日付を記載し、何か魔法装置に通した後リディナに渡す。


「これで正式に依頼は受領されました。それでは輸送依頼、よろしくお願いいたします」

「こちらこそどうもありがとうございました」


 ギルドを出る。


「さて、それじゃ山越え行こうか。新しいお家の為にもお金を稼がないとならないしね。それにアコチェーノに行ったらお家がいくらかかるか見積もりもして貰えるだろうし」


 そうだ。これは新しいお家計画なのだった。


「いくらくらいかかるだろう」

「うーん、正金貨15枚750万円位あれば何とかなると思うけれど。水回りとか壁塗りとかが一切ない木の大きな箱だから」


 正金貨15枚750万円か。今の手持ちが正金貨2枚100万円くらい。残り正金貨13枚で片道で小銀貨220万円だから32.5回分。


「16往復半」

「実際は途中で魔物や魔獣も狩るだろうし、もっと少ないと思うよ」


 それでも夢のおうちまで12往復はかかるだろう。正金貨15枚750万円というのが確かなら。


「遠い道のり」

「でも3ケ月程度で家が手に入ると思えば安いんじゃない」


 あ、確かにそうだな。日本だと35年ローンとかもあるし。そう考えると確かに格安だ。

 勿論リディナの見積もりが正しく、この仕事が順調ならばだけれども。


「道はこっちでいい?」


 私は頷く。偵察魔法でそれらしい道は把握出来ているから。


 ◇◇◇


「きつい道だったね」


 私は無言でうなずく。家の中へ入るなり、もう私もリディナもぐったりだ。


 今までずっと街道を歩いてきたし、狩りで山に入ったりもした。だから足腰には自信があった。それでも今日の行程は厳しかった。


 今までは馬車も通れる道だったから坂も極めてゆるやかだった。だが今日歩いたのは完全な登山道。

 いや登山道より酷い気がする。倒木で塞がっていたり、崩れて足場が無くなっていたりしていたから。


 手を入れている痕跡はある。崩れた場所に足場として木を渡してあったり、杭を打って補強してあったり。しかしそれが追い付いていない状態。

 かつて木を刈り過ぎた事が影響しているのだろう。


 そして更に私達にとって厳しい事があった。家を出せる場所がなかなかなかったのだ。


 そもそも山越えなので家を出せそうな平らな場所がごく少ない。しかも山のローラッテ側は森林育成中で伐採禁止。伐採で山の保水力が足りなくなったのか谷部分は崩れが酷くて危険。


 偵察魔法で周囲を調べた結果、山のローラッテ側で家を出す事を諦めた。回復魔法を自分達にかけながら必死に稜線まで登り切る。


 こんな場所だが魔獣や魔物がいない訳では無い。何処でも出てくるゴブリン。やはり何処でもいる魔ネズミ、山地に多い魔羚羊、それに魔熊、魔山猫。


 洞穴を拠点にしていた頃と同じくらいの遭遇率だった。疲れているのに勘弁してくれない。とにかく埋めて倒して埋めて倒して場合によってはリディナが切り刻んで倒して。


 登っている最中に暗くなってしまったがとどまる訳にも行かない。私達の野宿装備はあのお家だけなのだ。

 そして暗くなって更に出てくる魔物・魔獣。


 真っ暗になって星が夜空に光り輝く頃。峠というか稜線のコル状のところでやっとそこそこ平らな場所へと到達。

 周囲に人の気配もない事をいいことにそのまま家を出して、中へと倒れ込んだ訳である。


「今日は夕食、ストックしてある出来合いのものでいい? ちょっと夕食を作る気力無い」

「もちろん」


 ステータス上でSTRちからVITたいりょくが偏差値66の私が回復魔法を併用してもここまで疲れたのだ。リディナはもっと疲れているだろう。


 一応リディナにも回復魔法はかけている。でも念の為治療魔法もかけておこう。筋肉痛を予防できるかもしれない。自分自身も含めて治療魔法、それもレベル2の方をかける。


「ありがとう。何か少し楽になった。今のフミノの魔法だよね」

「治療魔法レベル2」


 治療魔法は肉体を万全な状態へと戻す魔法。だが疲れをとるにも使えるらしい。勿論完全に疲れがとれる訳ではないけれど、意識できる程度には違いを感じた。


半月デミデューマと乳清でいい?」

「そうね、ありがとう」


 私はテーブル上に皿、コップを出し、ローラッテで購入した半月デミデューマと乳清飲料を入れる。

 2人でずるずると椅子に座って夕食開始。


「なるほど。半月デミデューマって、疲れていても食べられる形の訳ね。手でそのまま掴めるから」


 確かに。ただ疲れた身体の胃袋には少しばかり重い。しかしここで食べないと体力が回復しない。だから頑張って食べる。乳清飲料の甘さが疲れを取ってくれる感じで心地いい。


「いざという時用に小型の家も必要」

「そうね。何処でも置けて2人で寝て食べる事が出来る程度の大きさのものがあれば、ここより手前で休めたかも」


 作り付けの2段ベッドとかを使えば個室に準じた感じには出来るだろう。簡素に設計すれば今持っているお金でも作って貰える額に収められるかもしれない。

 ただ今は疲れた。設計の余力はない。風呂すら入る気力もない。

 もう今日は寝よう。この後すぐに。

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