第7話 彼女の事情

「ええ、大丈夫です。流石に麻痺魔法をかけられたときはもう駄目かと思いましたけれど」


 麻痺魔法をかけられた? 意味が分からない。


「どういう、こと?」


「狼に襲われて、このままでは逃げられない状況だったんです。だから私をおとりの餌にして、自分達は助かろうとしたんです。

 ここに落としたのは、貴方も一緒に狼のおとりとして使うつもりだったから。貴方が強かったから何とか助かりましたけれど。

 いくら何でも酷すぎます。戻ったら文句を言ってやろうと思ってます」


 なるほど、そういう事か。やっと私は一連の状況を理解した。

 なお馬車の方は既に人と馬の反応は無い。魔狼に襲われて全滅だ。


 しかし私もあの馬車を助けられなかったという罪悪感は感じなくていい模様。向こうは私も犠牲にして助かろうとしたのだから。

 むしろざまあみろと思わないでもない。


 ただこの子にはその事実を告げる必要がある。


「文句を言うの、無理」

「何で?」


 そう聞かれてまた私は1歩下がってしまう。

 でも大丈夫、相手は私よりやや年下くらいの女の子だ。これくらいの距離があれば大丈夫、そう大丈夫。自分に言い聞かせる。


「馬車、ここから逃げた狼に襲われた。もう反応が無い。死んでる」

「えっ、そうなの?」

「ここから200腕400mくらい先」

「なら行かなきゃ。あの馬車には私の私物もあるんです」


 すぐにでも行きそうな勢いだ。しかし向こうの状況を考えると、まだまだ行くべきでは無い。


「狼がいる。行くならもう少し後」


 狼の反応はまだ6匹とも残っている。おそらく馬や人間の死骸を食べているのだろう。


「そうですか。わかりました」


 この子相手なら何とか話せる。私よりやや年下くらいだし。先程の馬車から突き落とされた被害者というのも私の心証的にプラス材料。少し感情が出易そうなのは苦手だけれども。


 さて、それでは彼女に聞いてみよう。


「町は、あっち?」


 馬車が走り去った方を指さして尋ねる。


「うん、そう、アレティウムの街。馬車だと3半時間20分程度。歩いても1時間あれば着きます。

 そう言えば助けてもらったのに名前を聞いていないですねまだ。私はリディナ。ラベルゴ家でメイドをしていたけれど、またお仕事を探さないとならないです」


 自分の名前を名乗るというのは相手の名前を聞く行為だ。そう大事典に書いてあった気がする。


「フミノ。狩人で旅行中」


 私も名乗る。名前だけだ。名字があるのはこの世界では貴族以上だけだから。


「見た事が無い服装だけれど、フミノさんって魔法使いですか?」


 確かに日本の制服はこの世界では見慣れないだろう。でもそう思ってくれればちょうどいい。一応魔法は使えるし。

 だから私は頷く。


「なら貴族か貴族家の出身ですか?」


 何故そう思うのだろう。私の恰好が変わっているからだろうか。取り敢えず左右に首を振って否定しておく。この動作は日本と共通と大事典にかいてあった。


「そうなんですか。あと、ちょっと関係ないけれど、この街道の穴、フミノさんの魔法ですよね? 

 狼を倒すためにやったのはわかります。でも道路の損壊はかなり重い罪です。牢屋行きか、下手すれば鉱山送りになります。逃げるなら早く逃げた方がいいです。私は助けてもらったし何も言いませんから」


 そうだ。狼を埋めた後はまだそのままにしていた。恐怖を振り払いつつ会話に集中していたからだけれども。

 他の通行人の為にもそろそろ戻しておこう。


「問題ない」


 まずは穴の底にいるはずの狼の状況を監視の魔法で確認。埋まっている8匹は全て息絶えている。ならお片付けだ。


 まずは狼に被せた土を収納。あらわになった狼の死骸を収納。最後に収納してある舗装道路の一部を戻してやれば完成だ。多少の段差は地の基本魔法の踏み固めで誤魔化してしまえばいい。


 よし、灰色魔狼のストックが8匹分増えた。これで収入もアップだ。


「凄い……地の魔法ですか、今のって」


 リディナが驚いている。本当はアイテムボックスのスキルだ。でも今はそういう事にしておこう。その方が面倒がなくていいから。

 私はあいまいに頷く。


「ところでフミノさん、アレティウムの街に行くんですか?」


 どうしよう。方向も距離もわかったし今日の収穫は上々。だからもう帰ってお休みしたいというのが本音だ。街も人も怖い。


 しかし考えてみれば今こそ絶好の機会だ。私が何とか話せる相手がいて、一緒に街に行くことが出来るという。


 これを逃したらこんなチャンス、まず来ない。あと服を早く買いたい。出来ればほかのものも。

 だから私は頷く。頷いてしまう。


「なら道と街の案内くらいは出来るかな。その代わりお願いがあります。審判庁に一緒に出頭して欲しいんです。今回の事案について証言するので一緒に。そうしないと今回の件が私のせいにされてしまう可能性が無い訳でもないんです」


 この子、なかなかしっかりしているな。でも駄目だ。大人の男の人と同じ部屋にいるのは怖い。我慢できるとは思えない。


 しかし本音としてはこの子のお願いを聞いてやりたい。言っている事はわかるし気持ちも行動も理解出来る。悪くないのに、むしろ被害者なのにこの子のせいになるのは避けたい。


 だから少しだけ考えさせて貰おう。もう少しだけ。ちょうどいい理由も今、できたから。


「狼が去りかけている。ゆっくり行けば大丈夫」


 とりあえず馬車のところまでは同行しよう。そして考えよう。何とかなるのか、ならないのかを。


「一緒に行ってくれますか?」


 とりあえず街までは。そういう意味で私は頷いた。

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