第8話 予想外の好条件

 魔狼は既に森の中へと去った。それを確認して現場へと近づく。


 人も馬も全滅だ。馬車は路上に横倒し。馬がついていた筈の場所は皮とたてがみ、骨と赤い血が滴る何かだけが残っている。


 馬車の下側隙間からは血が滴っている状態。中は血みどろという事だろう。幌の内部をのぞくと汚れそうだ。


 もっとも中から使えるものを漁ろうとかは思っていない。所有者の明確なものは持っていくとステータスに『盗賊』とか『盗人』とついてしまう。


 これは今のように持ち主が死んでいても同様だ。相続人なり債権者なりの物とみなされるから。


 ステータスにそんなのがつくとこの世界では不便だ。まともな職業につけないだけではない。大きな街などの検問すら通れなくなる。だから私は手をださない。


 それにしても私、このような場面でも落ち着いているなと思う。人間のリアルな死を目の前にしているのだ。それでも恐怖とか嫌悪とかいう強い感情を感じない。魔獣を解体するから血そのものは見慣れている。それ以上ではないという感じだ。


 先程の話を聞いて、罪悪感を感じないで済む対象となっているというせいもあるだろう。それに死んだ人間は悪さをしない。生きた人間よりよっぽど安全だ。

 だから私の対人恐怖症は正しい。いや違うか。


 さて、状況を見るに馬車の人間からの攻撃は通じなかったようだ。私との戦いで6匹まで減っていたし、魔法使いもいただろうに。リディナに麻痺魔法をかけるくらいだから。


 ただ6匹の中には上位種の白魔狼が2匹いた。それに馬車にたどり着いたのは私のあけた穴に落ちずに済んだ奴。いわば強者の魔狼ばかりだった為、抗しえなかったのかもしれない。


 リディナは横倒しになった馬車の幌の中へよいしょと入っていく。しばらくごそごそした後、小さい背負い袋を持って出てきた。どうやらそれがリディナの私物らしい。


「ちょっと血がついちゃいましたね。後で洗えば取れるかな」


 この子もタフだなあと感心する。さっきまで一緒だった人間が死んでいるのに。


 そう思って考え直す。麻痺状態にして狼の餌として放り出すような連中だ。どうせ勤務環境もあまり良くなかったのだろう。

 むしろざまあみろと位に思っているかもしれない。


 さて、血の汚れについては何とか出来るだろう。他人に声をかける練習ついでだ。私は彼女の袋に手を出す。


「貸して。きれいにする」

「え、出来るの?」

「多分」

 

 袋を受け取り、血液と他の汚れ以外を収納するよう念じる。

 収納後、通学バッグから取り出すようにして袋を出現させれば完了だ。


「これでさっきよりまし」

「ありがとう。流石魔法使いね」


 魔法ではないのだが説明が面倒だ。それにアイテムボックス持ちとバレても困る。

 だから私はさっきと同じ、曖昧に頷くにとどめた。


「それじゃ行こうか。アレティウムへ行くんだよね」


 私は頷く。行くのは怖い。でも何とか話せる女の子が一緒に行ってくれる。こんな機会、今を逃したら二度と無いだろう。


 これを逃すと私はきっと野生のまま生きていく事になる。それも気楽でいいかもしれない。でもやっぱりちゃんとした布団やこの世界の服、塩をはじめ調味料は欲しい。あと金属製品も。


 だから仕方ない、街に行くのは。でもそれならばリディナに言っておかなければならない事がある。


「ごめん。私は他人ひとが苦手。特に男性。だから審判庁は無理」


 言った。言ってしまった。

 これでリディナはどうするか。街までの護衛という意味もあるからここで別れるという事は無いだろう。でも機嫌を損ねるという事は充分ありうる。


「審判庁はその辺は心配しないでいいと思います。こっちが希望すれば審問官は女の人にしてくれますから。

 そもそもアレティウムの街のそういった担当はほとんど女性です。男性は兵役や開拓役があるので。

 でもそれを知らないという事はフミノ、この国の出身じゃないですよね。どこから来たの?」


 ばれてしまった。でも答えられない。答えようがない。まさか異世界から転移したなんて言っても理解してくれないだろう。

 必死に考えて、何とかそれらしい言い訳をひねり出す。


「以前いたのは遠い国。修行の為に魔法でこの近くまで飛ばされた。だからこの国の事はほとんど知らない」


 言いながらも怪しい言い訳だなと反省する。事前に設定をもっと練り込んでおけばよかった。こんなので信じてくれるだろうか。


「そう言えば遠い魔女の国でそんな風習があるって聞いた事があるような気がします。おとぎ話だと思ったけれど、本当にある訳なんですね」


 おお、信じてくれた。リディナありがとう。


「でもそれなら身分証、持っていないですよね。身分証が無い場合、街へ入る際は神の水晶玉による審査検問、入街審査料として小銀貨3枚3,000円が必要ですけれど、大丈夫ですか?」

 

 思わず足が止まる。そんな事、大事典に書いていなかった。どうすればいい。


 私に検問なんて耐えられる訳がない。怖すぎる。しかも私、この世界のお金なんて一銭も持っていない。


 もっと小さな検問が無さそうな街や村を探してやり直しだろうか。とりあえず帰って、一度落ち着いてから考え直そうか。


 そう思った時、リディナがくすりと嗤った。


「大丈夫ですよ。命の恩人ですしそれくらいは貸せます。それに検問と言っても簡単です。水晶玉に手をのせるだけ。犯罪歴が無ければ大丈夫です。係員は概ね女性ですし、もし心配なら私も一緒に行きますから」


 どうする私。

 怖いのは確かだ。想像するだけで胸が恐怖で痛む。でもリディナの言う通りならコンビニで買い物をするのとそれほど変わらない筈。


 しかもリディナが一緒に付き合ってくれるしお金も貸してくれるという。この機会を逃すと同様の好条件が後に、それも服が破れる前に出てくるとは思えない。

 

「あと先程の狼の魔獣、換金するのでしたら冒険者ギルドへ行く必要がありますよね。何なら人の少ない時間に一緒に付き添いますけれどどうですか? 受付はだいたいお姉さんですし、私が他の人との間に入れば何とかなりますよね」


 これはかなりの好条件だ。でも待て、条件が良すぎる。何か企んでいないだろうな。


 人を素直に信じられないのは悲しい。でもこれが私の性格だ。今まで生きてきた経験で培ってしまった私の性格。他人が怖いというのと同じ。

 だから今すぐには変えられない。

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