第6話 第一次接近遭遇
歩くこと
石と焼き土で舗装された赤っぽい道路だ。幅は
路肩部分は雑草に浸食されているし路面も少し荒れ気味。整備状況は今ひとつという感じだ。
この道、右と左どちらが正解だろう。人がいない方……ではなく、街の近い方は。偵察を起動しようか。そう思った時だった。
監視の魔法が何かを捉えた。そこそこ速く動く人間5人と2頭の大型動物の反応。馬車のようだ。もう遭遇か。まだ私の心の準備が出来ていないのだけれども。
そう思ってすぐ他の気配にも気付いた。こちらはもう何度も遭遇して知っている気配だ。馬車の後方からついてきている。
魔狼だ。白魔狼2匹と灰色魔狼12匹、そこそこの集団だ。
馬車は魔狼の群れから逃げているようだ。しかし今の私なら問題ない。魔狼ならアイテムボックスで何度も倒している。
助けるか。助ければ友好的に接してくれるかもしれない。上手く行けばこちらが会話できずとも何とかしてくれるかもしれない。そんな期待がわいてくる。
でも向こうが全員男性だったらどうしよう。絶対逃げたくなる。向こうから見た私の挙動不審率100%だ。
何とかなるだろうか。土壇場で恐怖滅却魔法が習得出来るだろうか。それさえ修得できればある程度は何とかなると信じたい。一応イメトレは何回もやったし。
音が聞こえる距離まで近づいてきた。とにかく魔狼を退治しよう。その間は出来るだけ馬車と馬車に乗っている人間を意識しないで。
馬車と魔狼の間はそこそこある。私のところまで馬車が魔狼に追いつかれることはない。
馬車が通り過ぎると同時に巨大な穴を作ってしまおう。土を収納する範囲をある程度目測で決めてイメージする。この方法で既に何匹もの魔獣を屠ってきた。もはや慣れた作業だ。
さあ馬車よ通り過ぎろ! そのまま去れ! そうすれば話をしないで済むから楽でいい。
しかし立ち止まってくれた方が今後の為にいいのだろうか。でも他人と話をするなんて考えるだけで怖い、怖すぎる。
そんな事を考えつつ私は待ち構える。馬車が近づいてきた。もう目視で確認できる。2頭立ての箱型馬車だ。
御者は大人の男の人。見た瞬間心臓がぎゅっと縮む感覚。怖い。しゃがみ込みそうになるのをなんとか堪える。これでは会話するのは無理。
馬車は私の横を通り過ぎる。これで会話しなくていい。そう思った瞬間、馬車の後ろの扉から何かどさっと投げ落とされた。
それは私の後方
確かめたい。しかし前に魔狼が迫っている。まずはこちらの退治が先だ。
前方の道路を舗装部分ごと収納。道路一杯の巨大な穴があいた。魔狼の先頭は対処できず突っ込む。
5匹ほど穴の底に落下。しかしそれ以外は何とか踏みとどまった。取り敢えず落ちた5匹は別の土をかぶせて動けなくしておく。
次は踏みとどまった狼たちの下の道路を舗装ごと収納。3匹落下。だが残りはさっと向こう側に引き返しやがった。
なら更に収納して退治だ。そう思ったが狼の残りは左側の森へ入ってしまう。
いつもの魔狼より数段頭がいいし統率もとれている。森の中からこちらへ来れば面倒だ。森の木よりも深く穴を穿つしかないだろうか。
そうすると土の量が莫大になる。土に含まれる微生物の量とかも馬鹿にならない。結果、私の魔力が思い切り消費されてしまう。それは避けたい。
だが魔狼の群れは私の方へ近づかない。監視で見ると迂回している模様。どうやら私との勝負は避けるつもりのようだ。ならいい。それに気になる事がある。
私は回れ右をして馬車から放り出された何かを確認する。監視の魔法では人間の反応だ。しかも生きている。近づくどころか見るのも怖い。心臓が痛い。
しかし見ないとどういう状況かわからない。おそるおそるそちらを見る。
人間だ。サイズと服装的に子供か女の子。頭に袋をかぶせられ、ぐるぐる巻きに縛られている。横倒しになっていて動く様子はない。怪我をしているのか出血もしている。
ステータスを確認。職業はメイド(見習い)となっている。盗賊でも詐欺師でもその他犯罪者でもない。
助けて害になる事はなさそう。なら助けなくては。出血しているし急いだ方がいい。怖いけれど勇気を振り絞る。
まずは怪我の治療だ。水の第2段魔法、治療を起動。レベルが低い魔法だから外傷の治療程度しか出来ないけれど。
何とか出血はとまったようだ。
遠くで馬の悲痛ないななきが聞こえた。監視を使って確認。どうやら迂回した魔狼が先程の馬車を襲ったらしい。
助けに行こうかと一瞬考える。しかしもう間に合わない。私は移動系の魔法を持っていないのだ。
それに私には近接戦闘の能力はない。残念ながらあちらは諦めるしかないだろう。
だから対処するべきはこちらの女の子。怖くて仕方ないが一歩ずつ近づく。火の魔法で縛っていた縄を焼き切る。袋も口部分が首に引っかかるよう結んであったので焼き切り外す。
顔が見えた。確かに女の子だ。しかし顔が見えた事で思わず私は凍り付いてしまう。怖い、動けない。大丈夫だと必死に思うのだが怖さで思考が塗りつぶされていく。駄目か、これでは……
その時だった。ふっと恐怖が少しだけ遠のいた。何だろう。とっさにステータスを確認する。
スキルに恐怖耐性(1)が追加されていた。恐怖滅却魔法ではない。でもそれでもありがたい。これで今の状態なら何とかなるかもしれないから。
彼女は動かない。落ちた時に頭を打ってしまったのだろうか。ステータスを今度は詳細に確認。麻痺状態となっている。
この程度の麻痺なら私の習得済み魔法で治療が可能。水の第2段階、障害除去。よし麻痺が消えた。他にステータスに異常は無い。大丈夫そうだ。
彼女は私の前でゆっくり目を開ける。周囲を見回し、そして私の方を見る。
やばい、怖い。心臓が悲鳴を上げる。とっさに2歩下がってしまった。恐怖耐性(1)のスキル、この辺で限界。
彼女はゆっくり立ち上がり、もう一度あたりを見回し、私の方を見る。
「魔狼は退治されたのでしょうか」
視線と声に更に2歩下がってしまう。膝が震える。でもしゃがみ込むのはなんとか我慢。
彼女の問いに取り敢えず頷く。
「縄や袋を解いたり麻痺をなおしてくれたのも、貴方ですか」
今度は何とか後退せずに頷く。頑張れ自分。以前は相手が女の子なら会話も出来た筈だ。
女性店員相手ならコンビニで無言でだけれど買い物も出来た。保健室の養護教諭相手なら会話もできた筈。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「怪我、大丈夫?」
何とか言えた。偉いぞ私。
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