第1章 服が破れそう

第5話 必要に迫られて

 この世界に来てかなり経った気がする。

 一応壁に毎日マーキングしている。でも数えてはいない。だから何日か正確には不明だけれども1月くらいかな。

 

 そして今、私は決意した。明日こそは人里を探しに行こうと。

 決意した理由は簡単、ブラウスがそろそろ破けそうだから。


 この世界は原始時代ではない。服はそれなりに普及している。だからもし唯一の服が古びて破けて半裸状態になってしまったら。

 私は二度と人里へと行く事が出来ないだろう。物理的にでは無く精神的に。だから絶対に数日中に人里へ行く必要がある。


 一日で一番リラックスできる時間、つまり風呂に入っている時間に固く固く決意した。明日は人里を探すぞ。せめて人里に出る手がかりくらいは得てくるぞと。

 

 一応人里に出て、貨幣等と交換できそうな物はある程度蓄積している。


 たとえば魔獣の死骸だ。現在大物としては灰色魔狼10匹、白魔狼2匹、魔猪3匹、闇熊1匹を倒して収納している。穴に落として埋めたりそのまま土をかぶせて埋めたりして倒したものだ。


 魔物も倒している。ゴブリンの魔石15個、アークゴブリンの魔石1個。


 この辺は穴に落とした後、火魔法でこんがり焼いて魔石だけを取り出した。ゴブリンは有用な素材を取れないので焼いて魔石だけを取ると大事典に書いてあったからだ。


 こういった魔物や魔獣、害獣関係は冒険者ギルドへ持って行くと買い取ってくれるらしい。これも大事典に書いてあった知識だ。


 ついでに冒険者登録をしておけば身分証明書も発行してくれる。これがあればどこの街でも概ね入る事が出来るそうだ。


 ただ問題は冒険者ギルドなどという怖そうな人が多そうな場所へ私が行くことが出来るかである。この対人恐怖症の私がだ。


 しかし上手く行けばこの時の恐怖で恐怖滅却魔法を習得出来るかもしれない。そうすればもう、この世界でもある程度は何とかなるだろう。


 採取した薬草類もかなりある。これは冒険者ギルドだけでなく商業ギルドでも買い取りをしてくれるらしい。


 冒険者ギルドより商業ギルドの方が少しは人が怖くなさそうな気がする。でも大人の男の人が出てきた時点でどちらも同じかな。やはり恐怖滅却魔法が習得出来る事を期待しないと無理な気もする。


 でも無理だ無理だとあまり引き延ばしているわけにもいかない。だから明日から段階を追って挑戦だ。

 まずは道を探すところまで。次に街や村を見つけるところまで。そして近づいて、そして……


 ああ怖い、怖すぎる。きっと入口には衛兵が立っているのだろう。怖そうな男性の衛兵が。もうそれだけで近づけない自信がある。


 しかし行かないと服が破れる。着ていけない状態に成ったら二度と人里へ近づく事が出来ない。


 ああ怖い、怖すぎる。しかしこの程度の怖さでは恐怖滅却魔法は習得出来ないようだ。だから仕方ない。明日から少しずつ頑張ろう。頑張る過程で恐怖滅却魔法が習得出来る事を期待して。


 よし、怖い事を考えるのは終わりだ。あとは風呂を楽しもう。私はゆっくり足を伸ばす。この洞窟拠点で一番快適なのがここ浴槽の中。これだけは前の世界でも無かった程快適だ……


 ◇◇◇

 

 翌朝。いやいやながら私は拠点を出る。

 今までの所持品は板だの土だの含め、全てアイテムボックスに入れておいた。ただもしギルドで物を出すとき、何も無い場所から出したらアイテムボックス持ちとバレてしまう。


 アイテムボックス持ちはかなり貴重な存在らしい。だから攫われたりする可能性もある。

 だから学校指定のディパックも持って行く。何か出す時はこれから出すそぶりをして出せるように。


 アイテムボックスのスキルと似たもので自在袋という道具があるらしい。この自在袋は高価ながらある程度流通している代物だ。


 自在袋の機能はアイテムボックスとほぼ同じ。違いは容量制限がある事とアイテムボックスほど自由に思いのままの形で収納出来ない事だけ。


 だからこのディパックを自在袋に見せれば色々取り出しても怪しく思われない。その為にこれはアイテムボックスに入れずに持って行く。


 さて、どちら方面に向かえばいいだろう。空の第2段階魔法、偵察を起動する。これは思い通りの視点からの視界を得られる魔法だ。


 範囲は概ね半径100メートル、この世界の単位では50腕以内の範囲で何処にでも視点を移動させる事が出来る。


 視点を思い切り高くにして地上を見る。前後左右じっくり見る。おっと、かなり先だけれども道らしきもの、発見だ。


 道なら通行中の他人に出会う可能性がある。正直怖い。とりあえず道が発見できたから今日の課題は終了ということにしたい。拠点に帰るとか狩りとか他人と出会わない作業をしたい。


 しかしまだ出たばかりだ。そしてブラウスはかなり危険な状態。布が薄くなった場所が何カ所もある。もう限界、一刻も早い替えの服の購入が望まれる事態だ。

 だから仕方ない。私は道の方向へゆっくりと歩き始める。


 思い出す。最後に人が通る道路を歩いたのは前の世界だ。それもこの世界に来る直前だった。


 学校帰り、急な雨に降られて走った道路。その途中で今まで意識していなかった神社を見つけて境内に入ったんだった。雨宿りをさせて貰おうと思って。


 雨宿りをする前に一応という事でお参り。二礼二拍手して、お金は無かったのでお賽銭は無しで、『どうかもう少し幸せにして下さい』と祈った後一礼して。


 その結果、神様にあの頃の環境を同情され、この世界にやってきたのだった。


 そんな事を思い出しながらも常に魔物や魔獣、猛獣の気配には注意している。空魔法の監視を使って。この辺はかなり慣れてきた。今では森の中でも100m程度の距離で発見できる。


 今のところ残念ながら私の進路に障害はない。行きたくないと思いつつも一歩ずつ進んでしまう。

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