晶塵に埋れる

伊島糸雨

 


 疑う気持ちは、結晶が成長していくように、少しずつ、少しずつ、増していった。

 五年前のあの日、迫り来る晶塵しょうじんから逃れた先で、私だけが叔母の家に預けられた。父と母は出かけていた姉のために街へと戻り、そして帰らなかった。

 覚えているのは、叔母が私を抱きしめて、必死に慰めてくれる柔らかな感触と声の色だ。いつもおどけた調子で私たちと遊んでくれていた叔母は、そこにはいなかった。

 私は状況をうまく飲み込めずに、ただ呆然としていたように思う。父も母も姉もここにはいない。でも、きっと帰ってくるだろう。だって、これまでもそうだったんだから、と。

 幼い頃から、叔母は私をとても可愛がってくれていた。あの人が家に遊びに来ると、いつも頭を撫でてくれたし、私にも姉にも何かしらのお土産があるのが常だった。母はそんな叔母に「あんまり甘やかしちゃダメ」なんてことを言っていたけれど、当人はぺろりと舌を出して知らん顔をするばかりだった。

 そんな人が、あの日以来ひどく慎重になって、いくつもの約束で私を縛るようになった。

 たとえば、外出する時の決まりごとがある。

 前提として、外出は最小限であること。そして、防護マスクを必ずつけて外さないこと。服は長袖長ズボンで、手袋と長靴を欠かさないこと。家の周りの柵から出ないこと。警報が鳴ったらすぐ近くのシェルターに隠れるか、家に戻ること。そして、叔母が禁じた場所には近寄らないこと。

 これらのことを、毎回念入りに確認される。それこそ、耳にタコができるくらいに。

 世界はいつからか、大小様々の、青紫の光を放つ結晶に包まれるようになった。それらはすべて、どこからともなくやってくる天災、結晶を運ぶ塵芥の嵐──晶塵によってもたらされたものだ。空気中に散見される煌めきは、微細な結晶の粒子が光を反射したもので、これは堆積した場所で成長するほか、生物の体内に侵入すると、生体組織に根付いて結晶化し、生命を内部から破壊してしまう。「マスクをするように」とかたく言い含められているのはそのせいだった。

 晶塵は私が生まれる前にはすでに存在し、世界各地に突如現れては結晶を残して消失するということを繰り返しているのだという。人類は皆、結晶世界の虜囚なのだ。

 学校にも行くことままならず、私はこの小世界で朽ちていくのだろうかと時々思う。安全のためと内に籠り、叔母以外の誰とも会わずに死んでいく。そんなのはゴメンだというのが、私の正直な思いだった。

 ずっと、叔母は何かを隠しているという確信はあった。私に言わないこと、見せないものがたくさんあるような気がずっとしていた。その違和感は、叔母が「以前の叔母ではない」と感じられる言動をこれまでずっと積み重ねてきたことによるものだ。あの人は変わってしまった。私に対する愛情があるのは理解できるのに、でもそれは、人が人に向けるものとはまた違うようにも思えるのだった。

 テレビやラジオがダメになる直前、「人型に形成された結晶が人に擬態することがある」なんて話を聞いた記憶があったのも疑いを助長した。可能性の存在が、私を脅かしていた。

 だから私は、その疑念の真偽を確かめようと思った。私のためにも、叔母のためにも。

 叔母が寝静まった真夜中、私はそっとベッドを抜け出すと、最小限の着替えと装備を携えて、三重に改装された玄関を潜っていった。

 外ではあちこちに生えた結晶が月明かりを反射して妖しく輝いている。叔母が近づくことを禁じた場所は幾つかあるが、中でも特に強く言われたのは裏庭の奥部だった。「危険だから」と叔母は言ったが、具体的に何が危険なのかを、あの人は言おうとしなかった。

 放置された草木の表面には、朝露のように結晶が張り付き、私が通るたびに瞬きながら落ちていく。何度か躓きそうになりながらも通り抜け、最奥に出ると、不自然に何もない空間が、ぽっかりと口を開けていた。

 奇妙に思って少し調べると、下に何かがあることがわかる。手袋をしたまま土を掻き分けると、シェルターの入口に似た扉が姿を現した。「何、これ……」困惑したまましゃがみこみ、扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。

「──え?」

 人を閉じ込めた結晶が、四つ、時の止まった棺のように敷き詰められている。私はそのすべてに、確かに見覚えがあった。

 しゃらん、と結晶の擦れる音がする。振り返ると、マスクをした叔母が静かに佇んでいる。顔も見えないはずなのに、私はそれを悲しそうだと思う。立ち上がって、叔母を見つめ、すべてを悟る。……ああ、そういうこと。

 私はマスクを剥ぎ取って、地面に投げ捨てる。「嘘つきは、お互い様だね」

 晶塵の警報が鳴る。足元の墓穴では、父と、母と、姉と──私が、眠っていた。

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