第1話 薄暗い森

今から約半年前。


俺は気がつけば眠っていた。

気のせいか、少しだけ頭が痛い。休日に寝すぎて昼に起きた時の様な感覚だ。身体が重い。

だるい身体を起こし状況を確認する。

周りには木々に囲まれており、視界はとてもじゃないが良好と呼べるものではなかった。太陽の光がそこまで届いていないのか、薄暗く、そして少し肌寒い。


「なんだよここ」


初めて見る景色に薄気味悪い空気。一体どうしてこんなところに?

俺は自分の心臓の音が異常に大きくなっている事に気づく。

パニックになっている。落ち着け。落ち着け。一旦深呼吸だ。

周りを確認してみると少し離れたところに黒い影。今まで気が付かなかったので少しびっくりして心臓がドキッとなった。

警戒しながら目を擦り、影をじっと見てみると、仰向けに横たわっている人間であることがわかった。

それに知った顔だ。

………委員長?


「い、委員長。起きてくれ…もしもーし」


俺は急いで近づいて優しく身体を揺さぶってみる。だが、委員長は起きない。

呼吸音はするので眠っているのだろう。

次は少し強めに身体を揺らし声を張って問いてみた。


「委員長!起きてくれ!!おーい!」


「……ん?え!?何!?ここどこ?あれ!?」


起きてくれたのはいいがパニックになっているらしい。いきなり大声を出すのはやめてほしい。少しびっくりする。


「…私、今まで何してたっけ!?颯くん?ここに連れてきたの颯くんなの!?」


いつもより落ち着きがない委員長に少し驚きながらも俺は否定する。


「あぁ…いや、違うんだ。俺も今さっきまでそこら辺で寝ていたみたいで…」


「え!?本当に何も思い出せない。さっきまで何してたんだっけ…」


俺の話を聞いていないのか、俺が言い終わる前に彼女は1人で喋りだした。相当混乱しているんだろう。


「えっと…確か6時間目の…数学が終わって…あぁ、ダメだその後が思い出せない!颯くん!何か覚えてる!?」


あぁ…確かにそうだ。6時間目が終わったのは確かに覚えてる…ような気がする。だけど、それ以上は思い出せない。


「い、いや、覚えていない。だけど、数学が終わったのは俺も覚えている。」


だよね!?だよね!!…と大きな声でだる絡みしてくる委員長に俺は困惑していると…


―――パキッ!


「…っ!?」


背後からいきなり音が鳴ったから吃驚した。恐く小枝か何かを”誰か”が踏んだのだろう…。


俺と委員長は音の鳴った方へ視線を向ける。


「…えっ?何?」


委員長が小声で話してかけてくる。

…ちょっと近い。

委員長も驚いて自然と俺の方に寄ったらしく、身体が接触しそうになっていた。

心做しか少しいい匂いがす……おいおい、そんな事考えている暇は無いだろ。


俺は委員長に向けていた視線をもう一度音の鳴った方へ向ける。


……ダメだ、薄暗くて見えない。


そう思った途端


―――ザッザッ


また音が鳴った。次は足音の様だ。


「……来る?」


委員長が小声で話しかけてくる。確かにその足音は俺達の方へ近づいて来ているのがわかる。


俺は頷き小声で返す。


「…もし知らない人だったら関わらないようにしよう。俺達をここに連れてきた人かもしれない。……そしてもし追いかけてくるような事があったら全力で向こうへ走ろう。」


俺は音が鳴った方の逆の方へ指をさしながら言う。

委員長も同意してくれると思ったが、彼女は焦った様子で俺の顔を見てくる。

何か言おうとしているのか?


「…何?どうかした?」


委員長はその言葉を待っていたかのように首を縦に振り…


「…足が動かないの」


「……は?」


俺は思わず普段と同じ声量で声を出してしまった。


なんでこんな時に限って……

委員長の足を見てみると足が小刻みに震えていた。

さっきの音に余程吃驚したのか、それとも音をならしたモノのへの恐怖心かは分からない。

だが、この足ではいざという時に動くことが出来ないだろう。


―――ザッザッザッザッ


マズイ。さっきより音が近づいてくる。

こうなったら…!


「…委員長!失礼します…!」


「…!え!?ちょっと!」


俺は委員長の腰周りに腕を通し無理やり担ぎ、音の鳴る逆の方向へと走ろうとする……が。


これもいきなりの事で吃驚したのか、委員長が抵抗してきた。


「ちょっと待ってよ!…!あっ…!足動けるようになった!動くから離していいよっ!!…きゃっ!」


「…わっ!?ちょっと!今暴れられると…!」


担いでいた委員長が暴れだしバランスが崩れ、俺が下敷きになるような形で倒れてしまった。


「…いてて…」


俺は強くぶつけた腰を抑えながら立ち上がろうとするが委員長が上に乗っている為なかなか動けない。


「委員長、ごめん。バランス崩れちゃって…」


「こ、こっちこそごめん。急に持ち上げられるからビックリしちゃった…」


などとやり取りをしながら委員長の顔を見ると目が合う。

何故か動こうとしない委員長に向かって少し照れくさく言う。


「……あの、動けないから…」


「わっ!ごめんね。今すぐ退くね!」


委員長は顔を赤くしながら身体を起こした。


委員長から解放され後、急いで立ち上がる。…そして何故か委員長との距離をとってしまった。


…いやぁ、我ながら結構大胆な事をしてしまった。

女子の身体を触りますかね?普通…いや、ないわー俺。もしかしたら今までの人生の中で1位2位を争う程の黒歴史かもしれない。

いや、そんな事考えている暇は無い。もうすぐそこまで来てるんですけど。音を聞く限りではもうすぐ近くなんですけど。


そして案の定音の主であろう人の姿が見えてきた。だが、薄暗い為顔まではハッキリ見えない。


……あ、俺も身体動かなくなってきた。人は極度の恐怖を感じると身体が硬直してしまうらしい。先程から心臓がドキドキして落ち着かない。


もうダメだ。逃げれない。


次の瞬間、俺達の目の前にいる黒い影が聞き慣れた声で話しかけてきた。


「……委員長と…会計くん?…やっと見つけた」


「………副委員長?」


そこには眼鏡をかけ、体型がスラッとしている副委員長が安心した顔で立っていた。


………アンタかよ。ちびるかと思ったわ。


「な、なーんだ海斗くんだったんだ!私達気づいたらここに居てね?だけど、何でここに居るのかわかんないの」


委員長もホッとしたのだろう。少し明るくなったような気がする。


しかし、少し気になる事が…


「…やっと見つけたって?俺達の事を探していたのか?」


「うん、探していた。まぁその事も順を追って話そうと思う…とにかく無事で良かったよ。怪我は無い?」


俺はいつの間にか身体が動ける事に気づいた。だいぶ落ち着いたらしい。


「…俺は大丈夫。委員長は?」


委員長は自分の身体を触り確かめながら


「私も大丈夫…!」


「…良かった。それじゃあクラスの皆が待っている。集合場所があるんだ…話は歩きながらでも出来るから急ごう!皆に2人の無事を伝えないと…」


副委員長はこっち!と指を指し先を歩く。委員長と俺はそれについて行くような形で後ろを歩いた。


*****


歩いてから1分も経っていないが、俺はソワソワしていた。

ここ森に来てから何も分からない状況なので少しでも情報が欲しい。


「…副委員長、今どこに向かってんの?」


副委員長が時々木の根にある何かを確認しながらどんどん進んでいくから少し不安になったのだ。


「クラスの皆の所だよ。…!あぁ、これ?これは帰りの時迷わないように付けておいた印だよ。…ほら」


副委員長木の根にある石を拾い上げるとその石にはマッキーで印が付いていた。


「この印の付いた石を辿っていくと皆がいる所に着くんだ…因みに後数分で到着するよ」


「…あっ!ホントだ!またこっちにも同じマークの付いた石があった!これを見つければいいんだよね?」


委員長が副委員長より前へ出て印の付いた石を次々に見つけていた。

隣に居ないと思ったらもうそんな所まで進んでいたのか。


「そういう事!でも、委員長!足元には気をつけて!薄暗いから!」


はーい!と言う委員長の後ろを俺と副委員長は置いていかれないように着いていく。

何であんなに元気なんだよ。

俺は委員長のペースに呑まれない様に次の質問をする。


「この森は何処なんだ?学校の近くにこんな森あったっけ?」


「…それが、僕達もまだ分からないんだ。位置情報を確認しようと思ったけど携帯が圏外でね…」


…圏外?


俺は制服のポケットを探ってみるが…あぁ…俺のスマホ、鞄の中だわ。


鞄が手元にない以上、確認できない。

俺は副委員長に目線をやると


「あぁ、僕も今携帯持ってないんだ…

…委員長!今携帯持ってるかい!?持っていたら現在の位置情報を確認して欲しいんだけど!!」


副委員長は俺が携帯を持っていない事を察したのか一所懸命石探しをしている委員長を呼び出す。


「ケータイ?うん、あるよ!ちょっと待ってね!」


委員長がポケットからスマホを取り出し確認しする。


「……あれ?インターネットに接続出来ないんだけど!…電波悪いのかな?」


マジかよ。何もわかんないじゃん。余計に不安になってくる。


「……あれ?なんだろ。あれ、石の柱…?」


先に進んでいる委員長が不思議そうな顔をしながら目の前にある建造物に混乱していた。


5、6メートル位の高さで半径は約1mといったところだろうか。

…確かに見る限りでは石でできた柱だ。


何の目的で作られたのか分からない建造物は少し神秘的に感じた。


「無事に辿り着いて良かったよ。ここがさっき言っていた集合場所だよ!」


「…ホント?皆に会えるの?…良かったぁ!」


後ろ向きで歩く委員長に少し心配になる…


すると突然、委員長の背後から一人の女子が覆い被さるように抱きついた。


「朱里っ!!無事で良かったっ!!」


…なんだ。委員長の友達かよ。ビックリした。


そしてそれに続くかのように左右から女子達が委員長のもとへ行き、無事を喜んでいた。


「委員長ちゃん!どこにいたの!?怪我は無い?」


「委員長!良かった!」


…わぁ…これがクラスカースト上位と平凡な男子高校生の差ですか…


さっきから俺の無事を喜んでくれる人達が居ない事に少し傷つく。


…いや、1人居たわ。


「……会計くん、委員長と一緒に居たんだね?…良かった無事で…」


俺の目の前には小柄で可愛らしい女の子が立っていた。


小さい声で少し聞き取りづらかったが…あぁ貴方は本当に天使ですよ。小さい体でそんなにモジモジされながら話しかけられるとこっちまで恥ずかしくなっちゃいますよ、もう…


「…書紀ちゃん、ありがとう。誰も来てくれないかと思ったわ…」


「…何処に居るかと思ったけど…副委員長が見つけてくれたんだね…本当に良かった…」


思った以上に心配してくれる書紀ちゃんは本当に天使だよ。


…おっと…先程から殺意の籠った視線を感じるかと思ったら男子ーズじゃないか。ごめんごめん今この天使から離れるからその目をやめてくれ。


俺は命が狙われないように書紀ちゃんから離れようとするが…何故か書紀ちゃんは顔を赤くしながら距離を詰めてくる。

…本来は嬉しいよ?けど、今は止めてぇ!男子に命を狙われるぅ!!


俺は助けを求めようと副委員長に目線をやる。…が副委員長は他の人とお取り込み中の様だ。何かを話しているようだが…


「…副委員長!何かあった?」


相変わらず距離を詰めてくる書紀ちゃんを横目に俺は副委員長に話しかける。


「…あぁ…うん。この際だから皆に言おう!…皆、聞いてくれ!この森を抜けれるかもしれない…!」


副委員長が石柱周辺にいるクラスの皆に聞こえるように大きな声で言う。


副委員長は皆の意識が集中しているのを確認し、続ける。


「少数の男子に捜索に行って貰ったのは知ってると思うけど、川を見つけてくれたらしいんだ!」


…川?川を見つけたら何かあるのか?

それに捜索?…あぁ、だからここが集合場所だなんて言ってたのか。


「…だからなんだってんだよォ!それでここから出られんのかァ!?」


少し言い方は強いが、俺の…いや、俺達の心境を代弁してくれる人がいた。


この声はもしかしなくても日野くんじゃないですか…さっきまで静かだったのに…


日野くんは自分が注目されてる事に気づくとそれを嫌ったのか、俺達を睨んでくる。


「…なんだよォ…なんか文句でもあんのかァ?」


皆は低い声で脅してくる日野くんから目を逸らす。

…副委員長以外は


「あぁ、ごめん。説明してなかったね…

川を見つけるように言ったのは理由があるんだ。これは僕の予想なんだけど、川の下流へと下って行けば何処かしらの街に繋がっていると思ってね…」


…成程。流石、副委員長。

こんな状況下でも冷静な判断が出来るなんて…


皆も納得が言ったのか、少しほっとした顔になった。


やっとこの森から出られるのか…


「何か質問等は無いかな?もし良かったら皆で来て欲しいんだけど…」


見る限りでは日野くんも納得してそうだな…皆と目が会わないように何処か遠くを見てるけど…


副委員長は質問が無い事を確認すると


「……よし、じゃあ川を案内して貰おう!」


俺達は一斉に移動する事になった。


*****


あの神秘的な石柱から歩いて数分。副委員長が言っていた通り川が見つかった。


よし、ここから下流へ…と行こうとするが副委員長が皆を止める。


「…待って。今日はもう諦めよう。太陽が沈み始めているし、皆歩き慣れていない道を通ったから疲れているでしょ?」


それを聞いたクラスメイト達は、「はらへったー」や「風呂入りたいー」やらと思うがまま愚痴を言っている。


確かに早く学校に…家に帰りたいよ…


「…先ずは休憩する所の準備だね」


副委員長が次々に指揮をとっていく。

こういう緊急事態にリーダーシップを発揮できる人は本当に凄いな…感心する。


俺達は言われる通りに木の枝や石など集めてくる。


…日野くんやさっきまで怠がっていた女子達もちゃんと手伝ってくれてるな…


「…火が欲しいな」


季節は冬の終わり際。太陽が沈んでしまってはさすがに寒すぎる。


こういう時にインターネットが使えればいいんだけど…


…インターネットといえば…


俺は書紀ちゃんと話していた委員長に声をかける。


「委員長、携帯はまだ圏外?」


「…携帯?ちょっと待ってね?……あーダメだまだ繋がらないね…」


「…そっか、ありがとう」


それを聞いた俺は火起こしに苦労している男子の元に戻ろうとするが…


「…あっ!颯くん。もし良かったら手伝って欲しいことがあるんだけど…」


手伝って欲しいこと…?俺は男子達を見る。

…まだ苦労しているらしいな…俺が行っても大した力にはならないだろうし。


「…あぁ、うん。分かった」


「ありがとう!えっとね向こうにね、木の実が大量に落ちてたの…3人で一緒に拾っていかない?」


なんだ、そんな事か…力仕事を押し付けられるかと思った…


俺は頷き、委員長と書紀ちゃんについて行った。


*****


皆と少し離れた所。といっても姿が見えるか見えないか位の所に俺は案内された。


そこには確かに色々な種類の木の実が大量に落ちていた。


…いや、これは落ちているんじゃないな。


「…委員長、書紀ちゃん、これ取ったらいけない奴だと思う」


「え?どうして?こんなにたくさんあるのに」


「…恐らくだけど、この木の実を食べる動物が集めたんだよ…そうじゃないとひとつの所に違う種類の木の実が集まることは無いはず…」


「…そういう事なんだぁ…なんだぁ…ショックぅ皆に持っていこうと思ったのに…」


そう言いながら委員長は拾った木の実を元の場所へ戻す。


「…な、何個か持って行けないかな?…みんなお腹すいてるだろうし…」


書紀ちゃんの気持ちも分かるけど…持って行っていいか分かんねぇ…こういう時どうすればいいんだよ…


「…取り敢えずこの木の実の色や形の特徴、覚えておこう?他の動物が食べようとしている実だったら毒は無いだろうし…副委員長に相談した方がいい…食料は川に魚が居たらしいから男子に任せればいいって言ってたし…」


「…そっか、そうだね」


納得してくれて良かった。


…それにしても変わった形の木の実だなぁ。

こんなのが育つことがあるのか…


しゃがんで木の実を見ながらそんな事を思っていると―――



―――ガサッガサッ



後ろから草を分けて進んでくる音がした。

急になったのでビックリしたが…またこのパターンか?


「…だぁれ?クラスの子かな?」


いや、違う。クラスメイトは全員川辺に居たはず…!


「…委員長!そこから離れて!」


俺の声と同時に黒い影か2つ、草むらから飛び出すように出てきた。


俺はその姿を見て混乱する。


「…え?は?…狼…?」


そこには狼が2匹、俺達3人を睨んでいた。

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クラスメイトと世界を変えようと思います 本咲 @honsaki

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