推しの押し
台詞を乗っ取られ、悪役令嬢の立ち位置を乗っ取られてから数日が過ぎた。
そして今は魔法座学の授業中だ。
国立マラドレア魔術学院の各教室は中庭を囲むように設計されていて、どの教室からでも中庭沿いの窓からは中庭の様子が良く見えるのだが……今は見えて欲しくないものが見えている。
「……」
声は聞こえないけど、中庭の花壇の奥に体育倉庫があるのだが…その倉庫の小窓から中に居るピンクブロンドの髪の人がチラチラと窓越しに見えるのだ。
リリシア、体育倉庫で何してんだ?
まあ何しているんでしょうね……このゲームって18禁だったっけ?いやいや、イメリアナの処刑イベントがR15にひっかかる『残虐描写アリ』だけの恋愛シミュレーションゲームだったはずだ。
リリシアが勝手にR18に引き上げてるんだよね…しかしさ、私以外にも体育倉庫のアレコレに気付いている人、いると思うんだよね…だってリリシアが隠す気が無いんだもんね
主人公補正?みたいなのがかかって、あんなことしててもエルティルト君達…攻略キャラに好かれて行くのかな…と思いながらすでに入学から数日が過ぎたけど、イベントっていつ起こるんだっけ?
細かなシナリオは憶えていないけど、主人公が入学してからシナリオが進んでいないのは確かだ。悪役令嬢のシナリオはリリシアが勝手に進めてくれているが…
どこかのリリシアさんの好感度は低くていらっしゃるけれど、それに引き換え…同じ桃組のミッチとハッチこと、ミファリバチス=ルーエズ(兄)とハヴァリアチス=ルーエス(弟)の双子は人懐っこい年下系キャラで桃組の人気者になってるし、爽やかなでスポーツ万能なアトリ=ウノウス伯爵子息も女子受けがすごくこちらも大人気だ。
勿論、彼等の側に
おかしいな…さすがにこれは私の知っているリリシアを主人公とする恋愛シミュレーションゲームとは違うのじゃないかと思い始めた。
それに今思えば、最初にリリシアに会った時からおかしかった。私の知っている主人公のリリシアは優しくて可愛くて、同性の私から見ても好感の持てる素敵な女の子だった。
それなのに、アレなんだ?
好感どころか嫌悪感しか感じない。攻略キャラクターとイベントを起すとか、最早そう言う次元の話じゃない。
授業をサボる、教師に反抗する、男友達と何かをしているのをわざわざアピールする、私以外の女子生徒にも嫌味や罵声を浴びせる…等々、貴族子女…いえ同じ人として恥ずかしいし態度だし正直、腹も立つ。
あんな底意地の悪い女子が私の最推しのエルティルト君の義妹なんて…あ、今は義理の叔母になるのか。
だけど、救いなのはエルティルト君以下、王子&皇子がリリシアを毛嫌いしていることが全学院生に周知されているということだ。
それにしても、リリシアはどういうつもりでマラドレア魔術学院に入学したんだろう?このままじゃ、中間試験を待たずして、退学や停学になってしまうんじゃないかな…
それでも一応、主人公補正が効いたのか…授業に出ていなくても停学や退学にならないまま中間試験の日までリリシアは無事に学院に登校して来ているようだった。
ただ…リリシアの周りにいた男友達はいつの間にかいなくなっていた。恐らく、実家や学院側から何か言われたのだろう…彼らだって試験を受けて狭き門を勝ち抜けてきたマラドレア魔術学院生だ。
それが不純異性交遊で退学なんて、彼らも流石にマズいと思ったのだろう。
そして今…私の目の前には、ぼっちになってしまったリリシアが立っていた。迫力無いな…だって小柄だしね。私より(実は172センチある)20センチは小さいよね?
「あなた…どこまで卑怯な手を使うの?」
はあ?とリリシアに聞き返したくなるのを何とか堪えた。
リリシアは真っ赤な唇を歪ませて、私を睨んでいる。
「エルティルトお兄様を私から奪っておいて…今度は私の婚姻まで邪魔するのね…」
あのね、私はそんな暇じゃないし、婚姻を邪魔出来るような政治的権力も御座いませんよ…あなたが勝手に自滅しているだけじゃないか。
そう…リリシアは自分から嫌われる方向に持って行ってしまっている。まるで何かに導かれるようにして…そして
「私の邪魔をするのなら容赦はしないわ…私は王太子妃になるのよ!」
まただ…リリシアがイメリアナのゲーム内の台詞を言っている。
これはもう確定だ。
私…イメリアナとリリシアの設定が逆転している、間違いない。
そしてそれを確信したと同時に恐ろしいことに気が付いた。このままいけばリリシアが処刑されてしまう?
ゲーム内のイメリアナは実家の侯爵家の力を使い、リリシアの乗っている馬車を賊に襲わせたり、デート中のリリシアとリグリー殿下を誘拐させたり…と不敬上等、傍若無人な行いをしていた結果の処刑だった。
正直、女性向けのゲームでそんな過激な嫌がらせをシナリオに盛り込んだ製作者の考えが分からないけど、今…この世界に存在する身としては、ただの貴族令嬢があれほどの数の賊を集めたり、王子殿下を誘拐したりなんて出来る訳がない。
賊を雇うにもお金が要る。イメリアナのお小遣いからそんなお金が払えるか?答えはNOだ。侯爵家のお金を横領でもしない限りはお金は無い。
それに王族を襲ったところで、殿下方には近衛が常に張り付いているし、実は暗部の護衛も隠れて護衛している。その隙を掻い潜って誘拐なんて不可能に近い。
現実はゲームのイメリアナのように自由に動けないのだ。それを考えるとリリシアが今から賊を雇って私を襲わせたり、リグリー殿下と一緒に私を誘拐させたり…絶対に無理だ。
しかし油断は禁物だ。ゲームの強制力とやらが…主人公と悪役令嬢をどこまで動かしてくるのか…気を付けなければいけない。
と、そんなことを思いながら啖呵を切って私の前から去って行くリリシアの後ろ姿を見詰めていると、いつの間にかエルティルト君が私の背後に立っていた。
「大丈夫だよ…」
「?」
エルティルト君は私の肩を抱くと、推しの極上スマイルを私に向けてくれた。
「イリィを危ない目に遭わせないし、俺が絶対に守ってあげるから」
ふぎゃああ!!それ…それ…恋愛段階が星三つに上がった時に言われる、(因みに星は5段階ある)恋愛ルートが確立した時のエルティルト君の台詞じゃないの!?
え…エルティルト君の恋愛ルート?誰と?
エルティルト君の顔を見詰めていると、エルティルト君の綺麗な顔がゆっくりと私に近付いて来る。
視界いっぱいにエルティルト君の肌が映り、私の唇にフニャと柔らかい何かが触れた。
チュッ…とリップ音が唇辺りから聞こえて、私の視界には今度はラベンダー色の布地が見えている。
制服のジャケット?今、推しのエルティルト君に抱き締められているっ!?
「……」
そこで意識がぶっ飛んでしまった。推しにチューされてしまった…
気が付くと、自分の家の自室のベッドに寝ていた。
起きてきた私を私付きのメイドのリーザとメネが慌てて支えてくれた。
「イメリアナ様、倒れてしまったのですよ?」
「エルティルト様が抱き上げて連れて来て下さいましたよ~」
ひえええっ!?推しに姫抱っこされたの!?なんで私ってばそんな時に気絶してるんだYO!まさか、白目剥いてなかっただろうねぇ?
「エルティルトは…?」
「今は旦那様とお話されていますよ~すごく心配されていたので、目が覚めたことをお知らせしてきましょうか?」
メネに聞かれて、エルティルト君に知らせてもらうようにお願いをした。
リネが部屋を出た後に、リーザがレモネードを入れてくれたので、のんびりと飲んでいると廊下から物凄い勢いで何かが飛び込んで来た。
「イリィ!?」
飛び込んで来たのはエルティルト君だった。体育の時間以外で走っているエルティルト君を初めて見たわ…推しの全力疾走初めて、感動…違うそうじゃない。
「イリィ、大丈夫?ゴメンね…その、いきなりで驚いたから気を失ったんだろう?」
「あ…え~と…う、うん…そうかな?」
ええ、ええ驚きましたよ、いきなりの推しからの接吻で血管が吹っ飛んでしまいましたよ。
エルティルト君はベッドの横に跪くと、私の手を取った。
「イリィ…聞いて、俺は昔からイリィの事が大好きなんだ。それはこれからも永遠に変わらない。だから…シュヴァリエ侯爵にお願いしてきたんだ。イリィと婚姻したいって」
「$%&*‘!?」
推しが……エルティルト君が…え?今、何て言ったの?
「イリィ…大好きだ」
「!!!!!」
その時、私はまた倒れた…ようだった。目覚めた時、エルティルト君が私の顔を覗き込んでいて「白目剥いてたよ」と余計な一言を言ってくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます