万端白嶺

 私たち人類が脳に『ナノポート』と呼ばれるブレインマシンインターフェース超小型のコンピューターを宿すようになった時代。ナノポートは人類に高度な仮想現実技術XR技術をもたらしたが、おかげで私たちの抱える悩みや問題は毛色を変えるようになった。

 いつの時代も技術の進化というのは、必ずしも人類が抱える問題や悩みを解決してくれるに留まらない。時として私たちの生活に新たな問題や事件の影を落とすことがある。副次的効果というやつだ。

 刃物の発明によって、殺人事件が起きてしまうように。

 車の発明によって、交通事故が起きてしまうように。

 ネットの発明によって、サイバー犯罪が起きてしまうように。

 そしてVR技術の発明によって、仮想世界での犯罪が起きてしまうように。

 私がこれから語るのは、技術の進化によって発展を遂げたサイバースペース仮想世界『電脳空間』で起きたとある事件についてである。



 * * *



白鞘しらさやさん。白鞘千鶴ちづるさん」


 人気の少ない放課後の教室。

 ひとり帰り支度をしていた私の背後から声がかかる。振り返ってみれば、そこには小柄なひとりの女子生徒の姿があった。

 彼女の身に着けている白いワンピースは我が校の制服であり、胸元には水色のリボンが揺らめいている。ということは間違いなくうちの学校の生徒なのだろうけど、はて同じクラスにこんな子いただろうか。

 そんなことを考えていると、女子生徒は私に向かってずいと一歩踏み出す。彼女に圧される形となった私は自然と後じさった。

 彼女の切り揃えられた黒い髪の下から覗く瞳が、まっすぐとこちらを見据える。


「あなた白鞘千鶴さんであってるよね?」

「そう……ですけれど」


 有無を言わさぬ力強い瞳に私がコクコクとうなずくと、女子生徒は「よかった」と微笑んで元いた場所へと引き下がる。


「私、高等部1年B組の万端ばんたん白嶺しらね。ごめんねいきなりとなりのクラスから来ちゃって。ビックリさせちゃったでしょ?」

「いえ、それは別に構わないのですが、何かご用でも……?」

「噂を聞いたの。白鞘さんは中等部3年生からこの学校にいるって話だけど、去年1年で沢山の事件を解決したって」

「あーええと、厳密には事件を解決したのは私じゃなくて私の先輩なのですが……」


 あと沢山という程でもなかったような記憶がある。そこそこ、くらいだろうか。噂には尾びれがつくというのはどうも本当のことらしい。


「そうなの? ……まあそれならそれでもいいや」


 そう言って万端さんは柏手を打つようにして私に両手を合わせる。


「お願い! その先輩のこと、私に紹介してくれない?」


 突然そんなことを言い出す万端さんに私は困惑する。

 だけどこいねがうようにして言う彼女はどこか思いつめたような、そんな雰囲気を漂わせていた。

 どこで話を聞いてきたのかは知らないが、私の先輩である『あの人』を紹介してほしいということは、彼女の抱えている問題は友達や教師に解決できる類のものではないのだろう。

 何せ『あの人』の専門分野は、0と1の仮想世界『電脳空間』で起きる事件だからだ。


「……何か、あったんですか?」


 尋ねる私に顔をあげた万端さんはしばらく黙っていたが、やがてためらいがちに口を開く。


「誰かが私の部屋に侵入してるみたいなの」

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