ギリギリ☆テレワーク

真摯夜紳士

ギリギリ☆テレワーク

 昨今の情勢をかんがみて、パソコンでの作業が多い弊社でも、テレワークが導入された。


 ここのところ僕が担当している業務は、新人教育。入社して間もない新卒の子達に、あれこれと教えている。


 可哀想な話、まだ新卒の子達は本社にすら入ったことがない。

 支給されたパソコンの交流ツールを通じて、なんとか会社に馴染もうとしている。


 画面越しに見る彼や彼女らは、常にビシッとしたスーツ姿だ。ハキハキとした受け答えに、ピンと伸びた背筋。ある意味で模範的な姿勢とも言える。

 試用期間があるとはいえ、こんな新人教育で振るい落とされるわけがないのだが……面と向かって話していないというのが、よっぽど怖いのだろう。

 三人とも何一つ聞き逃すまいと、真剣に耳を傾けている。


 僕がノーパンだとも知らずに。


「それじゃあ、今日も就業規則の読み合わせから始めようか。質問する時間は用意するから、まとめて訊いて」

『はい、わかりました!』


 元気良く返事をした新人の子達は……当然、僕が『自宅裸族』だということも知らない。

 上半身のスーツという上っ面だけ見て、僕を立派な先輩とでも思っているのだろうか。

 立ち上がりたい衝動を、ぐっと堪える。


 僕は社内でも中堅のベテランとして信頼されていた。新人教育を任されているのが何よりの証拠で、おそらく僕の二面性に気付いている社員は居ないだろう。

 開放的な下半身とは裏腹に、そのギャップというか背徳感が……堪らなくスリリングだ。


「では植松うえまつさん、読み上げをお願いします」



▲▽▲▽



 島田しまだ主任に指名された私は、「はい」と画面横の就業規則を口にした。


 いくら会社の命令とはいえ、自宅を映されるのには抵抗がある。見られてもいい場所でパソコンを使わないといけないし、聞かれてもいい環境でないといけない。


 気を付けないと。

 私の家には、彼氏も住んでいるんだから。


 もちろん彼には前もって話をしてある。なんなら仕事中は家を出るようにも言った。

 けれど、朝はダメだ。夜勤のフリーターで低血圧の彼は、とことん朝が弱い。起きだしてくるのは遅くても十時過ぎ。最悪、お昼過ぎなんてこともある。

 せめて仕事部屋には入ってこないように、強く言ってはいるけれど。


 新人研修が始まって三日目、いつ彼が寝ぼけてこないか、ヒヤヒヤしている。


『はい、そこまでで結構です。皆さんも承知の通り、基本的に弊社では副業は禁じています。例外として投資は許可していますので』


 せっかく島田主任が補足してくれたのに、頭に入ってこない。

 もぞもぞと、寝室から物音が聞こえる。

 やめて。まだ寝ていて。こっちに来ないで。


『えー……次は村上むらかみくん、お願いします』



▲▽▲▽



 うわ、長文のところじゃん、マジかよ。

 かったるいと思いながらも、俺は詰まらないように読み進めていった。

 意味あるんかな、読み合わせ。自分達で勝手に読めば良くね?


 一応、こんな俺でも体裁は気にするんで、部屋を片付けるのは大変だった。

 とりあえず壁に貼ったポスターは剥がして、かさばる箱の類も置き場所を確保した。下手に揺らさなきゃ、崩れてくることもないだろ。


 しかし就業規則ってのは堅苦しい文章ばっかりだ。萌えキャラを出せとは言わないが、もうちょっと分かりやすくしてもいいんじゃないかと思う。


 にしても植松さん、美人だよなぁ。こんな子が同期だなんてラッキーすぎる。飲み会が楽しみで仕方ない。もう一人の岩西いわにしって野郎は無愛想だし、植松さんとはワンチャンお近づきになれるかもしれない。


 ついに……ギャルゲーで鍛えた俺のトーク力が、炸裂するぜ!


 と、あぶねぇ。ノートパソコン裏に積んだパッケージが落ちるところだった。いや我ながら上手いこと考えたもんだ。めちゃくちゃ退屈な研修でも、気が散らせるんだからな。


『はい、ありがとうございます。ということで、交通費の上限は以上になります。これは先輩としてのアドバイスですが、定期は半年分まとめて買うのをオススメします。弊社では一ヵ月毎の支給ですが、お得に買ったところで何も言いませんので』


 おお、こういう話は助かる。メモしとこう。

 できるだけ、娯楽に金を使いたいからな。


『岩西くん、続きをお願いします』



▲▽▲▽



 就業規則を読みながら、僕は画面の方にも気を配る。

 もう少しで違和感の正体が分かりそうだ。


 まず島田主任。やり手のビジネスマンに見えるけど、時折よく分からない表情を浮かべる。そのタイミングが不自然すぎて、なんだか気持ち悪さを感じてしまう。隙の無さが変。それ以外は後輩想いの人だと思うけれど。


 そういった意味じゃ、まだ同期の二人は普通な気がする。

 クールそうな植松さんは耳を動かす癖も相まって、どうにも上の空な印象。お隣さんが怖いのか、ちょっとの生活音でもビクビクしている。

 村上は典型的なゴマすりタイプだ。ちょうど島田主任が目を離している時だけ、呆けた顔をしている。何を見て、そんなにニヤけているのか、僕は想像もしたくない。


 いくら画面の内で取りつくろっても、自宅であることには変わりないんだから。


 そんなことを考えていた矢先――天変地異が起きた。


 はっきりと分かる横揺れ。震度4くらいだろうか。外に逃げるか逃げないか、少し迷うような地震。

 けれど本当の二次災害は、ここからだった。


『大丈夫ですか、皆さん!』


 思わず身を乗り出して安否を問う、島田主任。


『揺れたなぁ! 平気かぁ、友里ゆり!』


 突如として植松さんの画面から現れた、初老の男。


『うお、うおぉぉお!』


 激しい落下音と共にブラックアウトする、村上の画面。


 阿鼻叫喚の中、僕は努めて冷静に、キーボードのプリントスクリーンを押した。

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