見上げる文芸部さん

桜野 叶う

1、空を見上げて Ⅰ

 

 空はきれいだ。あの青を見ていると、清々しく気持ちがすっきりする。ただ、見上げているだけで、ちっちゃな悩みなんて、散り積もったちりのように簡単に吹き飛んでしまう。


 うらあたたかい季節。桜の花びらが空を舞う。ついにこのの季節がやってきた。一年の中で、一番、心地よい季節。夢や希望や期待が胸いっぱいに膨らむ季節。不安も入り混じる季節。美しい桃色でいっぱいになる季節。そんな季節が到来した中、小説家を目指すまろかは、昨日入学式を終えた善美ぜんび高校の文芸部に入部した。この高校は運動・文化を問わず、部活動が活発であることがちまたでもよく知られていることだ。まろかが入部した文芸部も例外ではない。善美高校の文芸部が作成する部誌は、同年代の学生だけでなく、大人からの人気をも得ている。プロの小説家にも匹敵する、ハイレベルの文章がいくつもある。傑作けっさくが詰まっている。そんなうわさを耳にしたまろかは、この高校への進学を決めたのだ。

 

 新しく文芸部に入部したまろかは、まず最初に部長の花崎はなさき藤子とうこから話があった。新しく入部した一年生は、まろかを含めてふたりだけだった。それに加えて、上級生を含めた人数も、指で簡単に数えることができる程の人数しかいなかった。まろかの想像していた人数よりもずっと少ない。

「ようこそ、善美高校文芸部『葱頼ねぎらい』へ。葱頼。ねぎの花言葉は『笑顔』『ほほえみ』『愛嬌あいきょう』『くじけない心』。私たちは、これらの言葉を大切にして、日々執筆活動に励んでいます。そして、お互いを『信頼』し合い、ねぎらい合うことで、最高の作品が生まれます。これから二年半、私たちと一緒に切磋琢磨せっさたくまをし、素敵な世界を作りだしましょう」

「はいっ!」

 一年生のふたりは元気よく返事をした。その明るさと純粋な笑顔に、藤子も笑顔を見せた。

 

 最初の挨拶が終わり、先輩部員たちの自己紹介が行われた。

「改めて紹介するけど、私が部長の花崎藤子。生徒役員もやっとるわ。男の子たちの甘酸っぱい恋や友情などを書くのがぶち好きなんよ」

 水色のふち無しメガネをかけた、大人っぽい雰囲気の藤子は、頬に手を添えてうっとりしていた。

「私は、矢口やぐち四葉しよう。私は、男女や女の子同士の恋とか友情とか書いとるよ。よろしゅうね」

 焦げ茶色のミディアムヘアの四葉は、少し控えめなスマイルが印象的だ。

「僕は、野田のだ康次やすじ。現代ドラマみたいなものをよく書いてるよ。これからよろしくね」

 青色のメガネをかけた素朴そぼくな感じの康次は、落ち着いた優しさがある。

「よろしくお願いします!」

 一年生ふたりが明るく元気よく言うと、まろかは奥でぽつりといる先輩が目に入った。他の皆よりも一際ひときわクール。

「彼は、志水しみず漱哉そうや。いつもああいう感じだけど、小説の腕はこの中でダントツなんだよ」

 康次が言う。無造作な髪だが、狐のような細い目が彼の冷涼な感じを一層引き立たせる。

「へぇー」

「漱哉君の小説は、少し読んだだけでその世界に引きずり込まれて、ぶち悲しいものがほとんどじゃから、いつも泣いちゃうんよ」

「そうそう、ブラックホールみていな感じじゃ。ほんとすごいじゃよ」

 藤子と四葉が口を揃えて彼を絶賛する。

 そうなんだ。すごい方なんだな。私も読んでみたい。まろかは漱哉をじっと見つめた。

「うちは、甲本こうもと町音まちね

 隣に座っているもうひとりの一年生が口を開いた。

「うちは小説は書かん。小説じゃなくて詩を書くんじゃ。明るくて楽しいのをよく書く」

 ミルクティー色のポニーテールヘアが特徴的なタンポポのような陽気でほがらかな町音は、見ているだけで元気を分け与えられるような、癒しのパワーがあった。

「ほうなんだ。えっと、うちは西園にしぞのまろか。学校ものをよく書く。恋愛とか、ファンタジーなものとか」

「ほうか。まろかちゃん、よろしゅうの!」

「うちこそ、よろしゅうのぉ」

 ふたりは互いにほほえみあった。まろかは町音とは仲良くなれそうな気がした。町音だけではない。上級生の先輩たちとも上手くやっていけそう。皆、優しくて活発で楽しい文芸部生活を送ることができそうだ。彼らと過ごすこれからの日々に期待をつのらせる。ただ、ひとつ気がかりが。勿論、ずっと下ばかり向いている漱哉だ。

 

 皆の自己紹介もひと段落つくと、まろかは漱哉の隣に座った。町音もまろかの隣に座った。

「……えっと、漱哉さん」

 漱哉はまろかたちに顔を向けた。硬く涼しい顔は一切変わっていない。しかし、漱哉は口を開こうとしなかった。無愛想のまま、こちらをじっと見つめているだけだった。向こうから返事が返ってこず、まろかは少し戸惑いを見せたが、すぐに立て直した。

「新しく入った一年生の西園まろかです」

「同じく一年の甲本町音です。よろしゅうお願いします」

「よろしゅうお願いします」

 挨拶をするも、彼は黙ったままだ。まろかはまた困ってしまった。

「期待している」

 話してくれた! 物足りない言葉だったが、まろかは漱哉の声が聞けただけで十分うれしかった。

「日々、精進をおこたらないことだ」

「はい。頑張ります」

 そこへ、部室の扉が開く音が聞こえた。誰かが入ってきた。入ってきたのは、若くてきれいな女性だ。大体、三十半ばを少し越えたくらいのところだろうか。白のワンピースに水色のロングカーディガン。左の肩には、結った髪は胸をもおおっている。

「こんにちは、先生」

 藤子を皮切りに、先輩部員たちは彼女に挨拶をした。

「うちの顧問の馬場ばば先生よ」

「こんにちは」

 善美高校文芸部の顧問を長く努めている、馬場多喜子たきこ先生は、涼し気にほほ笑む。

 藤子が一年生に紹介した。一年生のふたりは、先生に挨拶をする。

「一年生ね。まろかちゃんと町音ちゃん。藤子ちゃん、最初の挨拶とかは終わった?」

「はい。自己紹介も全て終わりました」

「ありがとう。じゃあ、まろかちゃんから。いらっしゃい」

「は、はい」

 

 空いている別室で、まろかは先生と二人きりになった。だが、お互いに向き合うことはなく。椅子を横に並べて、先生はまろかの隣に座った。

 先生曰く、向かい合うよりも親近感が湧くという。

 そう言う先生の座り方は美しい。同じ女子であるまろかでさえもれてしまうような、そんな美しさだった。

「西園まろかちゃんね」

「はい」

「文芸部は本の執筆をするのが主な活動だけど、そういったことって初めて?」

「いえ、中学のときも文芸部で、そこから書き始めました」

「そう、ある程度はかけるのね。どんな小説を書くことが多いのかしら」

「学校ものですね。青春系。恋愛とかファンタジー要素があったりとか」

「いいわね。私もそういうの好きだわ。結構、多岐たきにわたっているのね」

 先生は清楚に微笑んだ。

「楽しみにしてるわ。頑張りましょうね」

「はい! ありがとうございます。がんばります」

 顧問の先生も、とても優しくて素敵な方だ。益々ますます募った期待を胸に貯め、部屋を後にする。


 

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