上書き



一歩踏み出した裕人を阻む過去。

空虚な部屋に独り、掌の窓から眩い光が差し込む。

何も見えない、見たくない。

何も聞こえない、聞きたくない。

あんなに大好きだった煙草が不味い。

自分はこのまま進んで良いのか、なるべく辛い道は進みたくない。

そんな考えばかりが頭をぐるぐる廻っている。

翌日、煙草を切らした裕人はコンビニへ向かった。

コンビニへ入りいつものようにコーヒーを手に取りレジへ向かうと、そこには明石さんの姿があった。

「あれー?キミ家この辺なの?」

「あ、はい、ここから五分くらいです。」

「そうなんだ、なら私も近いね」

「そうなんですね。」

「そうだ!今度遊びに行こうよ!」

断れなかった。

断る理由がとても言えたものでは無いから。

承諾して連絡先を交換した。

名前は『香奈』と表示されている。

「よろしくお願いします」

とメッセージを送り買い物を終えた。

香奈さんに別れを告げ帰路に着いた。

家に着いて間も無く香奈さんからメッセージが来た。

「よろしくね!いつ遊ぼっか」

お誘いだった。

「いつでも空いてますよ。」

「そっか!じゃあ明日10時に本屋で待ち合わせね!」

「わかりました」

「それじゃ!」

裕人はされるがままにデートへ行くことになった。


翌日、早起きした裕人は少し胸が踊っていた。

身支度を済ませ、十分で着く本屋に三十分前に着いた。

「早すぎた…」

待つのも一興と煙草をくゆらせていると、向こうから普段とは違うオシャレをした香奈さんが歩いてきた。

「あれ?早いね!」

「香奈さんだって早いじゃないですか。」

「ふふ、そうだね、ちょっと早いけど行こっか!」

「はい」

二人は街へ向かって歩き出した。


街の中心地にあるショッピングモールに来た。

「ねぇねぇあそこ見ようよ!」

そこはテナントの雑貨屋だった。

言われるがままに裕人は着いて行った。

「見て!これ可愛いよ!ほらこっちも!」

香奈さんは裕人の事など忘れて自分の世界に入ってしまったようだ。

この自分の世界に入り込む姿は、まるで日向美そのものだった。

裕人は溢れそうになる涙を堪え笑顔を作った。

「可愛いですね。」

「やっぱり?」

そう言いながらこちらを振り向き微笑む香奈さんは、とても可愛く切なかった。

何かある、そう思った。

お互いに見たいものを見、昼食を済ませショッピングモールを出た。

「いやーあのペンケース可愛かったなー、やっぱあっちにしとけばよかったかな?」

「僕はそれ好きですよ。」

「ほんと?それならこれにして良かった!」

ドキドキさせることをサラッと言ってくれるものだ。

「香奈さん、あの公園で少し休みませんか。」

「いいよー。」

二人は公園のベンチに腰掛け、他愛も無い話をした。

しかし裕人は疑っていた。

あの切なさ、笑みの中に感じる恐怖。

何かあると─────

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春来たれ ひがし @higashi_nmr

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