雨が降りしきり裕人の心を現すかのように雨雲が広がっている。

自分は強くなったと勘違いをしていた。

実際は強くなんてなかった。

ハリボテの虚栄心が自分自身に幻影を見せていたのだ。

強さってなんだ…

自問自答しても出ない答えはどこに行けば見つかるのだろうか…

悩み、考えが時計の針を徒に進める。

夕刻は疾うに過ぎ、雨雲はより黒を深めた。

雨は止まない──────


翌朝、気晴らしにでもなるかと近所のバッティングセンターに足を運んだ。

それにしても寂れている。

管理人しかいない。

三百円を入れバットを握り締める。

顔が黒く汚れたしばらく洗顔もしていないピッチャーが球を投げる。

────空振り三振どころの話ではない。

あと二球。

三百円が無駄になってしまうストレスでバットを握る手に力が入る。

ピッチャーが球を投げた。

裕人がバットを振る。

球はバットの下を掠めキャッチャーという名のネットに吸い込まれた。

「くぁッ…!」

全力を込めた腕が脱力する。

届かないのか、俺はこれくらいの事も出来ないのか。

諦めが過ぎる中、もう一度バットを握りしめピッチャーを睨みつける。

──────ガコンッ。

ピッチャーが放った球はストレート。

最後の一球をフルスイングする。

場内に響き渡る甲高い金属音。

球は吸い込まれるようにバットの芯にヒットした。

それは裕人の心を少しだけ晴らした。


バッティングセンターを出ると雨は上がっていた。

「行ってみるか…」

晴れた心を追い風に、裕人は本屋に向かった。

空には七色の橋が掛かっていた。


本屋にはいつものように本を抱えた彼女がいた。

エンカウント率100%でストーカー紛いの事をしている気がしてきた。

本屋に入ると彼女がこちらを見た。

「いらっしゃいま…あっ!いらっしゃい!」

彼女の笑顔との嫋やかな声で裕人はストーカーから知人にランクアップした。

「よく来るね!なんか探してるの?」

「ち、ちょっと漫画を…」

「漫画ね、漫画はあの列にあるよ。」

「あ、ありがとうございます…」

彼女はここでバイトをしていたのだ。

胸には『明石』と名札が付いていた。

この前まで気付きもしなかったが。

苗字を知れただけ進展だろうかと、ストーカーは少し嬉しくなっていた。

目当ての漫画などある訳もなく、一通り眺めて帰ることにした。

店を出ようとすると、明石さんが声を掛けてきた。

「あの、漫画なかった?」

「あ、いいんです、ちょっとマイナーなヤツなんで。」

「そっかぁ、また来てね!」

「はい、是非。」

また来てねの一言でまた会いに来ようと即決する裕人だった。


空は朱く染まり、烏が鳴いた。

遠くで時報のサイレンが鳴っている。

裕人は泣いた。

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