雨のち晴れ


花火は上がった。

それは夜空に大輪の花を咲かせ人々に彩りを与えた。

裕人ただ一人を除いて。

部屋のベランダから見ていた裕人は少し憂鬱だった。

三年間無駄な歳だけ重ね何もしてこなかった自分に嫌気が差す。

このまま飛び降りてしまおうかとも考えた。

だが彼女が脳裏を過る。

本屋で事故った彼女だ。

何故だか彼女に会いたい。

あの本屋に行けばいつか会えるはずだ。

そう確信した裕人は、彼女に会うことだけを考え布団に潜った。

裕人の朝は早かった。

髪を切りに行くのだ。

こんなにワクワクするのは何年ぶりだろうか。

…三年ぶりである。

身支度を済ませワクワクの立ち込める部屋を出た。

アスファルトを踏み締める感触は些か不快だったが、そんな事は気にならなかった。

本音を言えば以前通っていた美容室に行きたかったが、如何せんバイトもしていないので銭が無い。

仕方なく同級生の父親が商う床屋に行くことにした。

床屋に入ると、ソフトリーゼントをキメこんだ五十代のおっちゃんが立っていた。

「お!久しぶりだなぁ。元気してたか?」

「お久しぶりです。程々に…」

「そうか!まあ座ってくれ。」

イスに腰掛けると、目の前の鏡にはバケモノが映っていた。

そのバケモノからは、不快感とこの世のものでは無い何かを感じだ。

「今日はどうする?」

おっちゃんが髪型を尋ねてきた。

「さっぱりしたいです。」

それだけを伝えた。

他愛も無い話をした。

こんなに人と話したのはいつぶりだろうか。

三年ぶりである。

裕人は楽しかったのだ。

中身のない話でも人と話す事がこんなに楽しかったのだと今になって実感した。

「こんな感じでどうだ?」

鏡にバケモノは居らず、サッパリした裕人が居た。

「ありがとうございました。」

二千五百円と感謝の言葉を置いて床屋を後にした。

その足で本屋に行く裕人。

今日の自分は鎧を纏った戦士のように強くなった気がした。

本屋は相変わらず寒い。

だが裕人は鎧を纏った戦士だ。関係ない。

本を探す振りをして彼女が居ないか探して回った。

するとなんとまあ都合のいい事に、本を探している彼女が居た。

裕人は強い。戦士だから。

「何かお探しですか?」

「へ?あ!昨日の!あ、はい。ちょっと探し物を。」

「一緒に探してもいいですか?」

「え、えぇ、構いませんけど。」

一緒に本を探すことになった。

「髪切ったんですね。そっちの方がいいと思います。」

「あ、ありがとうございます。」

心底嬉しかった。

ふと彼女が振り返ったその瞬間、いい香りがした。

女の子の匂いだ。

彼女の匂いに懐かしさを感じた。

それは、三年前から鼻に残っている彼女の匂いだ。

全く一緒だ。

「あ、すいません、用事を思い出しました。」

「そうですか、わざわざすいません。」

裕人は本屋から逃げ出した。

涙が零れ落ちそうだった。

店の裏に隠れ、裕人は号泣した。

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