通り雨




虫の声は遥か遠く、煙草の煙が行く先を眺めていた。

暑さと湿気で蕩けてしまいそうな七月の終わり、裕人の時間は徐々に延びていく。微かに聞こえる囃子の音。ふと三年前が顔を出し、彼を嘲笑い遠くへ消えていく。

「お祭りかぁ…」

夏が嫌いだ、囃子の音が嫌いだ、日向美(ひなみ)が嫌いだ。裕人は嘘をついた。少しだけ、ほんのちょっとの嫌味を込めて。

ネットで紹介されていたマンガがどうしても気になった。

異世界に転生した主人公が女の子にチヤホヤされる話だそうだ。

そういえば昔は朝までアニメを見たりしていたのが今では面影も無い。

全ては日向美の所為だ。日向美の為に全てを捨て、新しい自分を手に入れた。

だがそれを日向美は知らないし知る由もない。知らなくていいのだ。そうしたのは自分自身なのだから。

時計が十五時を少し過ぎた頃気温は天気予報の予想最高気温を超え、裕人は蕩けていた。

こんな日があと何日続くのだろうかと考えると吐き気がする。

もういっそ人間卒業してしまおうかとさえ思う程太陽が憎い。

夜が好きだ、少し蒸すがギラギラとドヤ顔で照りつける太陽よりマシだろう。

「日向美…」

思い出してしまう。



結局あのマンガを買ってみることにした。

白く曇った眼鏡を拭い、タンスで眠っている三年前に買ったジーンズ風のスキニーパンツを履き、白いシャツに着替えサウナと化している部屋を出た。

肌を焼く太陽を後目にアスファルトを歩く。自分が少し強くなった気がした。

本屋の中は冷蔵庫のように涼しかった。

少し寒いくらいだが火照った身体は喜んでいる。

目的のマンガを見つけるのは容易く、コレを買いなさいと言わんばかりに裕人の正面に陳列されていた。

店の思惑通りにマンガを手に取りレジへ足を向ける最中、視界の端に両手一杯に本を持った他人が現れた。

刹那、先程まで蕩けきっていた脳が足にブレーキを掛けたが流石蕩けきっていただけあるもので、足は言う事を聞かずレジへ一直線に向かう。

二人は出会い頭の事故を起こした。

過失割合は九対一で裕人が後方確認を怠ったが為の事故である。

「あー、すいません…」

「あっ、こちらこそすいませんっ。」

大人しそうで可愛らしい女性だ。

同い年くらいで日向美のような…

(最悪だ、やっと離れていた所だったのに…)

会計を済ませ店を出ると雨が降っていた。

肌を焼いた太陽は対面に七色の橋を掛けてまたもやドヤ顔である。

「今日花火上がるかな」

心にも無い言葉を吐き、小走りで部屋に帰った。

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