7話:俺に恋愛は向いていない

 セックスが好き。ヤッてる間は相手を悦ばせることだけ考えていればいいから。こっちも気持ちいいし。

 相手は別に誰でも良い。男でも、女でも、年齢も性別も容姿もどうでも良い。

 見境ないなって自分でも思う。

 そんな俺だけど、良識はある。未成年や嫌がる人には手を出さない。恋人がいる人にも。

 まぁ、年齢や恋人の有無は嘘をつく人もいるから難しいのだけど。


 愛沢さんはセックスそのものに興味が無いらしい。そんな人に『まだセックスの良さを知らないだけだよ』とか言って無理矢理迫るようなダサい男ではない。別に、彼女を特別抱きたいわけじゃない。相手は誰でもいい。誰でも良いならやっぱり、楽しんでくれる人が良い。だから俺は彼女には手を出さない。彼女の方から『したい』とでも言わない限り。

 とはいえ……


「……酔っているとはいえ、流石にちょっと警戒心なさすぎない?」


 俺は今、愛沢さんに抱き枕にされている。

 愚痴を聞いてほしいと言われて家について行ったらこうなった。

 大好きな家族に恋愛をしない生き方を理解してもらえないことが辛いらしい。その家族がこの状況を見たら100%誤解すると思うが、俺と彼女は付き合っていない。お互いに恋愛感情はない。だからこそ、彼女は俺にここまで気を許してくれているのだろう。どちらかがどちらかを恋愛的な意味で好きになったら終わる。そんな関係。

 ラブストーリーだったらそこを乗り越えてなんやかんやで結ばれるのだろうけど、俺は彼女を好きになることはない。断言する。

 だって、恋愛なんてめんどくさいだけだし。愛していると言いながら自分以外の人間と遊ばないでと束縛しあって、嫉妬しあって。そんなわがままな感情のどこが美しいのだろうか。


『貴方が羨ましい。恋心という呪いを持たない貴方が』


 ふと、そう泣いていた中学生の頃の妹を思い出す。恋をしなければ、彼女が苦しむことはなかった。だけど、そんな妹を救ったのもまた恋だった。彼女を不幸にしたのも、幸せにしたのも恋というわけだ。しかし、恋をしなければ幸せになれないというものでもないのだから、やはり恋心なんて人類には不必要だと思う。


「……ふぅ。ようやく抜け出せた」


 ベッドから抜け出し、彼女に布団を掛け直す。別にそのまま寝ても良かったのだけど、あらぬ誤解は避けたい。まぁ、ここまで警戒心が無いなら誤解も無さそうだけど。


 スマホを手に取ると通知が溜まっていることに気づく。同居人の静ちゃんからだ。

 時刻は午前二時。一応「友達の家にお泊まりなう」と返してアプリを閉じる。寝ているかと思ったが、返事が来た。「そういうのは事前に連絡してください」の一言と、ぷんぷんと可愛く怒る執事のミニキャラのスタンプ。似てるからという理由でプレゼントしたら気に入ってくれたようで、よく使ってくれている。

 こういうところが可愛いくて、ついついちょっかいを出したくなるのだけど、彼はノンセクシャルだ。ロマンティック・アセクシャル。他者に対して恋愛感情を抱くことはあるが、性的なことは出来ないという。キスも駄目なのだとか。

 俺はその逆。恋愛は出来ないけど、セックスは割と好き。

 満ちゃんも同じなのだけど、彼女には恋人が居る。相手は俺の妹。満ちゃん曰く、愛ではあるけど恋ではないらしい。それが恋ではない根拠は、独占欲が無いからだそうだ。例えばが他の女の子とデートをしていても、満ちゃんは嫉妬したりしない。実にとっては最初こそそれが不満ではあったが、今は受け入れているようだ。

 恋の矢印が一方通行でも恋人という関係は成り立つらしい。


 まぁ、俺は恋人なんて作らないけど。面倒だし。重いし。

 恋人以外とセックスしてはいけないという縛りは、俺にとっては米以外食べるなというようなものだ。おかずは毎回変えても良いと言われれば食べられなくはないけど、たまにはパンも食べたいし、麺類も食べたい。

 そう食事に例えて説明すると、大体の人はドン引きする。だけど、恋をするみんなだって、恋人とのセックスに飽きることはあるだろう。そして浮気をする。それよりは最初から恋人作らない方がまだマシだと思うのだけど。恋人かどうか曖昧にされるよりははっきりとセフレだと言われた方がマシだろう。

 自分で言うのもなんだけど、浮気を繰り返す人より俺の方がよっぽど誠実で優しいと思う。騙してセックスに持ち込んだことは一度も無い。ちゃんと同意をとっている。恋愛的な意味で好きになることはないという説明もしている。それでも人は俺をクズだと言う。言われ慣れたし、自虐で言うこともあるけど、納得はしていない。


「俺ってクズだと思う?」と静ちゃんにメッセージを送る。すると「寝るから話しかけてこないでください」という冷たい返事が返ってきた。


「あーん……冷たぁい……」


 大人しく寝ようとスマホをテーブルに置いてソファに寝転がる。目を閉じると、スマホがブーと鳴った。

 確認すると

「貴方のことで理解出来ないところは多いですけど、人として最低だと思ったことは数回くらいしかないですし、僕は貴方のこと、なんだかんだで嫌いではないです」

 と彼からの返信。


「……ふっ」


 思わず笑みが溢れる。


 俺には恋が分からない。分かりたくもない。恋に縛られずに自由に生きたい。誰か一人に絞らずに多くの人に愛を振り撒いて生きたい。そんな俺の生き方を否定する人は多いけれど、許してくれる人達も確かにいる。だから、俺は俺で居られる。


「ありがとね。静ちゃん」


 そう打ち込み、ちょっと恥ずかしくなり送信を躊躇う。文章を消し、代わりに「んもう♡ツンデレなんだからぁ♡俺じゃなかったら惚れちゃってたゾ♡」と、ハートマークたっぷりの返信をして眠りについた。

 翌日、家に帰ると彼は一日口を聞いてくれなかった。

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