8話:必要なのは理解ではなく
俺には恋が分からない。だから、他人から恋心を向けられても同じ気持ちを返せない。俺のことをあまり知らない人に誘われた時は必ずそれを先に伝える。この世には、人は誰しも恋をすると当たり前のように思い込んでいる人が多いから。
それに逆上されることは少なくない。クズだとか、最低だとか、そんなことはもう言われ慣れた。だけど、俺のそんな節操の無いところが良いと言う変わり者も居る。
「
「こんばんは〜待ってたよ〜」
ホテルの一室で、バスローブを着て出迎えてくれた綺麗めで胸の大きな女性がその人。彼女の名前は
「姫咲さん、シャワー浴びてくるから離してくれる?」
「一緒に入る〜」
「お好きにどうぞ」
一緒にシャワーを浴び、彼女を前に抱えて湯船に浸かる。恋人同士のようなことをしているが、別に恋人同士ではない。あくまでも、数いるセフレの一人。この距離感が彼女にとっては心地良いらしい。曰く、一方的な恋を楽しむのが好きで、相手から恋人になりたいと望まれることに耐えられないらしい。周りからはわがままだとか、クズだとか、そんなのは恋じゃないとか、俺と同じく散々言われて生きてきたらしい。
「柚樹と居ると楽だなぁ……ビッチでも良いんだなぁって思えるから」
そう言って彼女は俺の方を向いて、肩に頭を埋めた。
「なんかあった?」
「昨日遊んだ男がさぁ……」
「『もうこんなことやめた方がいいよ』とか言われた?」
「そう。余計なお世話よね。ほんと。自分だって同じことしてるくせにさぁ……」
「よしよーし」
彼女の頭を撫でる。
「……好き」
「知ってる」
「……でも柚樹はあたしに恋をしないでね」
「しないよ。好きではあるけど、姫咲さんも数いる友達の一人だから」
「あたしを好きにならない君が好き」
「変わってるなぁ」
「君に言われたくないよ」
「ははは。ごもっとも。あ、そういえば聞いてよ。最近、面白い女の子と知り合ってね。俺と同じく恋をしなくて、エッチなこともしない女の子なんだ」
「えー。定期的にエッチしないと精神的に良くないよ?」
「姫咲さん、それもう依存症だと思う」
「大丈夫。一人でも出来るし、最近はこうやって抱きしめられるだけでも充分満たされちゃうんだよね。まぁ、それは多分、柚樹だからなんだろうけど」
「ふぅん。俺以外じゃ駄目なの?」
「駄目じゃないけど、こうやって抱きしめてもらえるだけで幸せになれるのは柚樹だけかな。……でもやっぱり、触ってほしい」
そう言って彼女は俺の手を掴んで自慢の豊満な胸にぐっと押し付け、妖艶に笑う。
「結局するんじゃん」
「柚樹だってそのつもりで来たでしょう?さっ、お風呂上がって運動するわよー」
「また汗かいちゃうね」
「終わったらまたシャワー浴びればいいよ」
湯船から上がり、濡れた身体を拭くだけで乾かしもせずにベッドの前まで手を引かれていくと、彼女がベッドに座っておいでと両手を広げた。唇を重ねながらベッドになだれ込む。
そのまま本能に身を任せて求め合い、お互いの甘い声と熱い吐息で部屋が満たされる。
俺と彼女は付き合っていない。彼女の一方的な恋愛感情に、俺は応える気はない。彼女自身が応えられることを望んでいないし、望まれたって応えられない。周りからは俺たちの関係は歪に見えて、理解し難いかもしれない。しかし、理解出来ないものを無理に理解するは必要ないと思う。人は一人一人個性があり、自分でさえ自分の全てを理解することは出来ない。だから、他人なら尚更無理だ。
俺と彼女はこれ以上ないほどに相性が良いのだ。winwinの関係というやつだ。だから余計な口出しせずそっとしておいてほしい。
「ゆずきぃ……好きぃ……」
「はい。知ってます」
「俺もって言わないところ……ほんと好き……」
「好きではありますよ。けど、恋愛感情ではないと思う」
俺には恋が分からない。他人から聞く恋はいつだって、相手にも自分を好きになってほしいという見返りを求めるものだった。それが恋の定義だと思っていた。しかし、姫咲さんにその定義は覆された。一方通行で、見返りを求めない。そんな恋もあると知って、ますますわけがわからなくなった。愛の形に個性があるように、恋の形にもまた、個性があるらしい。だから俺の姫咲さんに対する想いをもしかしたら恋だと判断する人もいるかもしれない。だけど俺は違うと断言する。そう言える根拠なんてないけれど、恋だと断言してしまうと色々面倒な気がするから。姫咲さんにとっては恋じゃないと言ってくれた方が安心するようだし。
姫咲さんをはじめ、俺の友人たちは俺を一切理解しようとしない。だけど、それで良いと尊重してくれる。それが心地良くて仕方ない。理解した気になられるより全然良い。
人は他人に理解を求めがちだが、本当に必要なのは理解ではなく、尊重ではないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます