2話:アンドロイドの心

 それから私は、一条くんと度々話すようになった。

 彼は浮いていた。彼と一緒に居ることで私もさらに浮くことになった。元々浮いていたから関係ないけれど。

 遊んでいる割には、彼は紳士だった。私に対して強引に触れてくることは一切無かった。容姿も整っている。私が普通の人なら惚れていたのかもしれないが、私の心臓はうんともすんとも言わなかった。彼が様々な女性と遊び歩いていることも、別にどうでも良かった。恋をしていたらきっと、やめてほしいと思うのだろう。どうでも良いと思うのは恋をしていない証拠ではないだろうか。

 だけど、彼の側は居心地が良かった。恋愛することを無理に勧めてこないから。二十歳を過ぎても処女であることや、性行為に興味がないことを馬鹿にしたりしないから。


「彼女が俺のお仲間の月島つきしまみちるちゃん」


 その日は知り合った日に彼が言っていた恋をしない女の子を紹介してもらった。月島満さんという一つ下の可愛らしい女の子。彼女も彼と同じく恋愛感情を持たないらしいが、彼の妹と付き合っているらしい。


「好きじゃないのに付き合ってるの?」


「好きっすよ。恋とはちょっと違うだけで。なんつーか……うーん……なんすかね。独り占めしたいとは思わないしドキドキはしないけど、そばに居たいとは思ってるんですよ。説明がむずいんすけど、とにかく、私的には恋ではないんすよね。正直、恋人よりセフレって言った方がしっくり来る」


 セフレという言葉の意味は今まで知らなかったけど、一条くんから教えてもらった。月島さんのような可愛い女の子には似合わない言葉だ。


「うわっ、最低。今のみのりが聞いたら絶対キレるぞ」


「本人の前では言わねぇし、人に紹介する時は恋人って言ってるよ。ちゃんと契約も守ってる」


「契約?」


「他の女には手出さないっていう契約。私はこの人みたいに、同じ人だと飽きるとかないから」


「だから絶望的に恋愛向いてないのよ。俺」


「一夫多妻制が認められてる国に移住したら?」


「……それ、妻の中に男も含められる?女の子ばかりだと飽きるんだけど」


「しらねぇよ」


「……一条くん、男でもいけるの?」


「ある程度清潔感のある人間ならどんな性別でもいけるし、不潔でも洗えば食える」


「人を野菜みたいに言うなよ」


 一条くんのことを知ってから、私が見ていた世界が狭かったことに気づいた。普通じゃない私には居場所なんてないと思っていたけれど、そんなことはなかったらしい。


「てか柚樹さん、大学に友達いたんだ。絶対ぼっちだと思ってた」


「最近仲良くなったの。ねー」


「……えっ」


「えってなに?もしかして友達だと思ってたの俺だけ!?」


「ははっ。勘違い野郎じゃん」


「うわーん!!満ちゃーん!!」


「くっつくな鬱陶しい」


「……ごめんなさい。ちょっと、びっくりした」


 友達と呼べる存在が出来たのは何年振りだろう。昔は居た。だけど、みんな、離れて行った。いや、正確には私から離れた。みんなが当たり前のように恋愛の話をする度に募っていく疎外感に耐えられなくなったからだ。


「……私はアンドロイドだから。人間と仲良く出来るなんて思わなかった」


「アンドロイド?」


「周りからそう呼ばれてんだとよ」


「恋愛に興味無い上に表情が乏しいから。人間らしくないって」


「ふーん……弟の友達もそんな感じだけど、弟と仲良くしてるよ。あんたの場合はただ単に環境が合わなかっただけだろ」


「環境なんて運だしね。大人になればいくらでも変えられるけど、子供のうちは変えられないし。俺は幸か不幸か妹もマイノリティだったから、妹と傷を舐め合うように生きてきたけど、妹が居なかったらきっと、とっくに家族と世界を呪いながら死んでるよ」


 明るく笑いながら話す一条くんだが、目は笑っていない。悩んだことなんて無さそうに見えたが、そんなことはないらしい。


「俺は生まれ育った環境も、恋をしない性質も、普通とは違う。だから……昔は俺も君みたいに、疎外感を感じてたんだ。それで、自称アンドロイドの君の噂を聞いて、ずっと気になってたんだ。君も俺みたいに居場所が無くて彷徨ってるのかなって。手を差し伸べたら来てくれるかなって。ほら、仲間はいっぱい居た方が人生楽しいじゃん?……俺みたいなのに仲間扱いされるのはちょっと嫌かもしれないけど」


「……そんなことないわ。ありがとう」


 私がそうお礼を言うと、二人は目を丸くした。そして二人してふっと笑う。


「アンドロイドとか言ってたくせに」


「感情あるじゃん。ちゃんと」


 くすくすと笑う二人。


「ちゃんと人間だよ。あんたも。恋心はなくても、人の心はある」


 月島さんの言葉に「俺と一緒」と一条くんが続けて優しく笑う。凍りついていた心がじんわりと温められていく。

 その日私は、何年かぶりに涙を流した。

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