恋をしない私達
三郎
本編
1話:アンドロイドと遊び人
誰が誰を好きだと言った。誰が誰と付き合った。誰が誰にフラれた。
この世の中は恋愛至上主義だ。みんな、当たり前のように誰もが恋愛すると思っている。
私——
そんな私を周りは冷たいとか、冷めてるとか、機械っぽいとか、人間味が無いとか、好き勝手言う。ついたあだ名はアンドロイド。表情が乏しいことも原因かもしれない。
「愛沢さん、付き合ってください!」
「ごめんなさい」
大学三年になったばかりの4月某日。冷たい
「そこをなんとか!」
「無理。私に恋愛は向いてないから」
今目の前に居る彼もきっとそうなのだろう。そもそも私は彼の名前すら知らない。物陰でニヤニヤしながら見ているのは彼の友人だろうか。あぁ、不愉快極まりない。別に忙しいわけでは無いけれど、これほど無駄な時間はない。
「私は
いつしかつけられたあだ名は、もはや自虐ネタとして使わせてもらっている。
「俺が芽生えさせるよ」
そう言って彼は私の両手を握った。ロマンチックな彼の手を振り払い、背を向けて歩き始める。腕を引かれ、引き寄せられた。そのまま彼の腕の中に仕舞われてしまう。
「……好きだ」
呟くように紡がれた三文字で湧き上がった感情は恋でも愛でもなく、嫌悪感と恐怖。私に欠けている感情は恋愛に関するものだけだ。恐怖心や嫌悪心はある。咄嗟に、防衛本能が働いて手が出た。突き飛ばされてよろけた彼が逆上し、手を振り上げた。咄嗟に腕を構えて戦闘態勢を取ると、誰かが彼の腕を掴んで止めた。
「暴力は駄目だよ。おにーさん」
彼の腕を掴んだ人が子供を叱るように優しく嗜めると、私に告白した彼は舌打ちをして逃げて行った。私を助けてくれたのは若い男性だった。恐らく同じ大学の学生だろう。
少女漫画ならきっと、助けてもらったことがきっかけで恋に落ちるのだろうけど、私の心臓はうんともすんとも言わない。
「大丈夫? 愛沢さん」
どうやら彼は私のことを知っているらしいが、私は彼とは面識がない。と、思う。
「ありがとう。……えっと……」
「俺は
「愛沢蒼。……って、知ってるか」
「有名だからね。てか、俺も結構有名人だと思ったんだけど。俺のこと知らない?」
自分のことを指差して首を傾げる一条くん。通りすがる学生達が私達の方に視線を向けてひそひそしている。優しそうな人に見えるが、周りの反応からして意外にもあまり好意的な印象は持たれていないように見える。
「……有名人なのは分かったわ」
「あははっ。マジで俺のこと知らないんだ」
周りの彼に対する反応を踏まえてから改めて見ると笑顔が胡散臭く思えてきた。この人は信用しても良い人なのだろうか。
「私はアンドロイドだから。人に興味無いの」
特に異性は苦手だ。距離を詰め過ぎれば気があると勘違いされる。あるいは、周りから付き合っていると茶化されるか。一人の方が気楽だ。彼とも必要以上に仲良くなりたくない。お礼だけ言って去ろうとすると呼び止められた。
「愛沢さん、君は機械じゃない。人間だよ」
「……何? 口説いてるの?」
結局この人もそうなのかと呆れると、彼は「違うよ」と首を横に振った。そしてにっと笑って、自分を指差して言う。
「違うよ。俺も無いから。恋愛感情」
私と同じだという人間は初めてでは無い。中学生の頃は何人か居た。だけど、みんな私を置いて行ってしまった。みんな『蒼にもいつか分かるよ』と口を揃えて言っていた。だけど、そのいつかは私には一向に来ない。みんなの言ういつかは十代のうちにくるもので、二十歳過ぎて初恋もまだなんて人間は私以外にいないと思っていた。
「……あなたも?」
距離を詰めない方がいいと分かっていても興味を持たずにはいられなかった。罠かもしれないと警戒することも忘れ、
「恋をしたことが無いの?」
「無いよ」
「今まで一度も? 本当に? 本当に貴方は私と同じなの?」
「あははっ『アンドロイドだから人に興味無いの』とか言ってた割にはグイグイくるね」
笑われ、ようやくハッとする。この人は私を揶揄っているだけだ。
「……帰るわ」
「ごめんごめん。揶揄ってるわけじゃないよ。本当の話。俺には誰かを独り占めしたいという欲が無いんだ」
彼の顔を見る。嘘をついているようには見えない。が……
『あいつ、今度はアンドロイドに手出そうとしてるよ』
『流石に無理だろ。ガード硬すぎるもん。あの子』
『賭けてみる?』
そんな会話がどこからか聞こえてきた。今度はとはどういうことだろう。恋愛はしないんじゃなかったのか。
「あ、言っておくけど、別に俺、君のこと口説こうとしてるわけじゃ無いから」
周りの声が聞こえたのか、苦笑いしながら観念した犯人のように両手を上げる一条くん。
悪い人には見えないが、信じても良いのだろうか。
いや、駄目だ。今までだって散々裏切られてきた。簡単に人を信用すると痛い目を見る。
「恋愛感情が無いってのは本当。恋はしない。けど、性欲はあるし、セックスは割と好き」
なんでも無いことのようにサラッと言う彼に引いてしまう。
「あははー。引くよねー。愛沢さんそういうの苦手そうだもん。けど安心して。俺は別に無作為に手を出してるわけじゃない。相手は選んでるつもり。俺にとってはコミュニケーションの一種なんだ。ただのスキンシップ。だから、嫌な人にはしない。それが俺のポリシー。まぁ、当たり前のことだと思うけど」
「……」
「理解出来ないって顔してるね。まぁそうだよね。俺だって理解出来ないもん。付き合ってない人とそういうことするのはあり得ないっていうピュアな人。お互い様お互い様。……人間ってそんなもんじゃない? 同じ人間なんて一人もいないんだから。君や俺みたいに恋をしない人間だっているよ。俺と同じく恋は出来ないけどセックスはできるっていう女の子を一人知ってるし。俺、君、そして俺の後輩。ほら、俺の身近だけで恋をしない人は三人も居るよ」
そう言って彼は柔らかく笑った。どうやら励ましているらしい。やはり悪い人ではないのかもしれない。私は少しだけ、彼を信じてみることにした。
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