第46話

 「……フフッ、ハハハハ」



 ガルムが視線を向けると、ザハロは不敵に笑いだす。だが右腕は切断され、大量の血が流れ落ちていた。



 「なるほど……その強さ、ファウヌスを倒したのは貴様か……」


 「ああ? 誰だそれ、知らんぞ!」



 確信したように微笑んだザハロは、右腕を再生させる。あっと言う間に元通りになったことに驚くガルム。


 ――魔族ってこういうものなのか!? ヴィーダルの森で会った灰色ネズミと同じじゃねーか!


 ザハロは腕を瞬時に伸ばし、攻撃を受けた時に落ちていった剣を空中で掴み取る。


 腕を元に戻すと、握りしめた剣から強烈な稲妻がほとばしった。ガルムに襲いかかる雷の波状攻撃。


 だが盾の能力アビリティ〝魔法結界防御″が発動し、全ての雷撃を防ぎきる。


 息を持つかせぬ相手の攻撃。なんとか対応し、ガルムがホッと息をつこうとした瞬間、目の前にザハロの顔があった。



 「なっ!?」



 振り抜かれる剣先。相手の斬撃をなんとか剣で受けるが、ガルムはバランスを崩して大きく後ろに下がる。



 「フハッハッハ、よくかわしたな。相手に取って不足はない。行くぞ、人間!」



 剣を構え、突っ込んでくるザハロ。



 「くそっ! らなきゃ、られる!!」



 ガルムは剣に視線を移す。新たに手に入れた黒い宝玉に魔力を込めた。



 「喰らいやがれ!!」



 振り抜いた剣から闇が溢れる。斬撃自体はザハロの体をかすめただけだが、黒い液体のようなものが、その体に纏わりつく。



 「なんだ、これは!?」



 ザハロは自分の手や体についた液体に、顔をしかめる。


 だが、それとは別に背後から恐ろしい気配がした。振り向くと、ガルムが剣を振り切った先。巨大な黒い球体ができている。


 

 「まさか……冥府への扉を開いたのか!?」



 それは闇の最上級魔法。人間が使えるような代物ではない。


 巨大な黒い球体が鳴動する。落ちている石を、草花を、木々を空気と共に吸い込んでゆく。


 地上にいる人々も、上空に出現した球体に引き寄せられるが、必死に耐えていた。


 そしてザハロは気づく、自分に纏わりついていた液体が、黒い球体の中へと繋がっていることに――



 「うっ……これは!」



 液体がついた皮膚が引っ張られる。闇に飲み込まれまいと耐えれば耐えるほど、自分の体についた液体は肉体を引き千切り、闇の空間へと運んでいく。



 「ぐああああああっ!!」



 体の一部と、持っていた剣が闇に引きずり込まれた。ズタズタになった獲物に満足したように、球体は消えてなくなってしまう。


 静寂が訪れる。ザハロは理解した。


 北の迷宮で研究していた〝魔獣″を倒したのもこの人間だ。煙を上げながら、肉を抉り取られた部分が再生してゆく。


 ザハロは相手の持つ剣に目をやる。


 柄についている黒い宝玉、間違いない。


 ――黒竜王の真核……実験用に使っていたものだが、まさか取り込まれてしまうとはな……この者は我らの目的の弊害になる。今、倒さねばなるまい。


 ザハロは全身に力を込めた。


 体から黒い魔力が噴き出し、その容姿が変わってゆく。肉が裂け、骨が割れ、血が流れ落ち、異形の姿へ。



 ガルムは息を飲む。目の前の魔族の変わりように思考が追い付かない。


 ――なんなんだ、コイツは!?


 十メートルを超える体躯、長く伸びた角、浅黒い肌はゴツゴツと盛り上がり、目は赤く血走っている。



 「完全に化物じゃねーか!! 強い魔族って変身するのか!?」



 巨大な黒い翼を広げ空に佇む姿は、まさに悪魔そのもの。長い腕を振り上げ、ガルムに向かって振り下ろす。


 慌てて回避するが、その風圧だけで町の一部が破壊された。


 ――くっ! 俺が避けると、下にある町に被害がでるのか……どうすれば……。


 ガルムが迷っていると、ザハロの右拳が目の前にあった。


 ――しまった、避けられない!


 直撃を受けたガルム。町の端まで吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで地面に激突した。


 衝撃で大地が揺れ、土煙が舞い上がる。



 「がはっ!!」



 呼吸ができず体をよじる、なんとか起き上がるが相当なダメージを負っていた。


 ――あのデカさでなんつう速さだ! いくら自動回復魔法があっても、何発も喰らえば持たないぞ。


 剣を構え、ガルムは再び空へ昇る。


 眼前には黒い翼を広げて浮かぶ敵。不気味な表情が、かすかに微笑んだように見えた。今度は左の拳を握り、殴りかかる。


 避けるつもりがないガルムは、盾を構え衝撃に備えた。


 ぶつかり合った盾と拳。爆発したような衝撃と音が辺りに広がっていく。突風が巻き起こり、地上にいた人間を吹き飛ばす。



 「ぐあっ!?」



 ザハロの左腕は潰れ、骨が飛び出していた。盾の能力アビリティ〝物理攻撃倍化反転″の効力だ。



 「よしっ! この化物にも盾の力は通用するぞ。次はこっちの番だ!!」



 一気に畳み掛ける。空気を蹴って縦横無尽に駆け回り、相手を翻弄する。


 ――ヴィーダルの森で灰色ネズミに使った戦法だ!


 ガルムが剣を走らせる。ザハロの頬は深く切り裂かれ、鮮血が飛び散った。


 更にスピードを上げ、首を、肩を、背中を、翼を斬りつけていく。



 「ぬ、ぐぁ! おのれ調子に乗るなよ……」



 ザハロの体から黒い霧のようなものが溢れ、辺りに向かって一気に放射された。それは魔力を使った衝撃波となってガルムに襲いかかる。



 「うわっ!」



 ダメージこそ受けなかったが、咄嗟のことにガルムは怯んだ。その隙をザハロは見逃さない。


 瞬時に腕を伸ばし、ガルムを掴み取った。



 「ぐっ……あ!」


 「はっはっは、ちょこまかと動き回っても掴んでしまえば何もできまい。このまま握り潰してやる!」



 ザハロは右手に力を入れた。人間のもろい体が絶えられるはずがない。そう思っていたが――


 

 「なにっ!?」



 手の中が燃え上がる。しかも耐えられないほどの灼熱、ザハロは慌てて手を離すが遅かった。


 指が四本、すでに無くなっている。真赤に燃える剣で切断されていた。



 「き、さま……」


 「お前ばっかりにかまってられねーんだよ! 終わりにするぞ!!」



 炎の剣を振り上げ、空気を踏み込んで斬りかかる。


 あまりの速さに対応できないザハロ。剣が体に触れた瞬間、炎は噴き上がり爆炎となってザハロを飲み込んだ。

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