第45話
「これだけ魔力があれば足りるだろう」
ザハロは視界の先にある街に目を移す。ブリテンドの首都であるレイフォード。その街を滅ぼすために立てた進軍計画だったが、事はうまく運んだ。
――人間と魔族を一ヶ所に集め、〝
ザハロは頭上にある黒い渦を見上げる。
魔力は濃縮され、エネルギーの塊となっていた暗黒の球体。ザハロがレイフォードに向けて放とうとした瞬間――
下から何かが昇ってくる。それも猛烈な速さで。
「なんだ?」
人間の戦士に見えた。ザハロは訝しがる。なぜ人間が空を飛ぶのかと。
その様子は、地上にいるヨハネの目にも映った。体の力が抜け、立つこともままならないが意識は保っている。
「あれは!?」
魔族ではない。全身に見たこともない鎧を纏い、真紅のマントをなびかせながら空中を走る。
魔王に向かって一直線に進んで行く姿は、ヨハネだけでなく、その場にいた軍人や冒険者も見ていた。
〝大鷲″のメンバーも立つことができずにいたが、上空に現れた何者かに目を奪われる。
「あの魔族と……戦う気なのか?」
ヴァンは空中にいるのが魔王だとは知らなかったが、恐ろしく強い魔族だと認識していた。そんな魔族に戦いを挑むなど、無謀とも思える。
だが、なぜか重なる。無謀な特攻を行う戦士に―― ガルムの姿が。
自分に向かってくる人間にザハロは不快な表情を浮かべる。その人間からは異様な雰囲気が漂っていたからだ。
今まで感じたことのない不快さ。魔王の本能が、極めて危険な者だと告げている。
「仕方がない」
ザハロは魔力の球体を放つのを一旦やめ、人間を巻き込みながらレイフォードの街に着弾するよう、軌道を修正する。
「死ね!」
改めて振り下ろした魔王の手に呼応するように、魔力の塊は動きだす。徐々に速度を上げ、人間に向かって加速した。
触れれば粉々になる攻撃。もはや避けることもできない。
そう思ったザハロだが、昇ってくる人間が腰に帯びた剣を抜いた瞬間―― 信じられないことが起こる。
魔力の渦が剣によって弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。
「なにっ!?」
ザハロは目を疑う。ありえない。
すさまじい速度で飛んでいった魔力の塊は、遥か彼方にある山脈に激突する。
刹那――
弾ける光。あまりの明るさに目を開けられない。遅れてやってくる爆風と、耳を
見れば、そこにあったはずの山脈が消えている。
代わりに遥か上空まで立ち上る土砂と爆炎。一瞬、思考が凍り付いたザハロだが、かまわず突っ込んでくる人間に気づき剣を抜く。
剣と剣がぶつかり合う。その衝撃は空気を伝い、遠くレイフォードの街まで響いた。ギリギリと鍔迫り合いをしながら、ザハロは相手を見る。
身に付けている防具はどれも一級品、恐ろしく強い
そしてザハロが最も驚愕したのが、その剣だ。
自身が持つ〝黒王竜の魔剣″より邪悪な気配を放っている。剣に宿る恐ろしいまでの
「まさか………これは〝覇王竜の魔剣″!?」
それは魔族の世界でも伝説でしか知られていない代物。あらゆる魔法を打ち払うと言われる、失われし『
そんなものがここにあるなど、とても信じられない。
「ふんっ!!」
ザハロが剣を振り抜き、相手を弾き飛ばす。宙に浮かぶ人間は、わずかによろめくも、すぐに体勢を立て直した。
「どこの誰かは知らぬが、私の前に出てきたのは失敗だったな!」
ザハロが剣身に魔力を込めると、苛烈な火花が散って炎が溢れ出す。
再び剣が交差し激突。炎を纏った魔王の剣は格段に威力を上げる。それでも人間が遅れを取ることはなかった。
鳴り響く衝撃音、震える大気、目にも止まらぬ速さで打ち合う二人の戦いを、ヨハネは信じられない想いで見つめていた。
――魔王と戦ってる以上、人間のはずだ。だが、およそ人のできる動きじゃない。
空を飛びながら空中で魔王と斬り結ぶ、一歩の引けを取らない戦いを繰り広げる鎧の戦士。
――軍人の中にはいない。冒険者でも聞いたことがない強さ。だとしたら……
「何者なんだ……あいつは!?」
◇◇◇
「おいおい、なんだよこいつ!」
魔族と戦っていたガルムは驚愕していた。
――何なんだ、この強さ! この前倒した魔族と全然違うぞ!!
剣を打ち込む度に感じる圧力。
――こいつ! 俺より強いんじゃ!?
剣を打ち払われ、後ろに押し込まれる。
「くっ!」
その時、ガルムはハッとした。
――まさか……弱い魔族はもう倒されて、残ってるのは強い魔族だけなんじゃないのか!?
当然に思い当たる結論。弱い者が淘汰され、強い者が残るのは必然の理。
――いやいや、冗談じゃねえ! 強さはどうでもいいんだよ! 数が必要なんだ、数が!!
相手の剣に黒い炎が灯り、一撃の威力が上がっていく。
――しくったー!! もっと早く戦場に行くべきだった。
後悔するガルムだが、今さら言っても遅い。何とか目の前の敵を倒して、他の魔族を探しに行くしかないと剣を握りしめる。
「全力でいく!!」
剣の柄についた緑の宝玉が輝く。大気が揺らめき、風が巻き起こる。ガルムが高々と振り上げた剣には、凄まじい風の力が宿っていた。
「ぶった斬れろ!!」
振り下ろした剣の一閃――
その斬撃は遥か上空の雲を斬り裂き、山を斬り裂き、大地を斬り裂く。風の加護を纏ったガルムの一太刀は、超ド級の威力となって全てのものを両断した。
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