第44話
ヨハネとボアエレ。どちらも伯仲した実力を持つ強者だけに、何度剣で斬り結んでも勝負はつかない。
ボアエレが炎の魔法を放つと、退魔の力があるヨハネの盾が弾き返す。
剣技で上回るヨハネは相手の剣を打ち払い、全力で肩を斬りつけるが、魔族の強力な再生力ですぐに回復してしまう。
二人が互角の戦いを繰り広げていると、全体の戦況も変わってくる。
当初圧倒的に押していた魔族たち。しかし人間側が徐々に盛り返してきた。三千の歩兵が来たのも大きかったが、それ以上に冒険者たちが健闘している。
「魔族と言っても人間と同じようにピンキリ、全てが強い訳ではないだろう! どうする? 分が悪いんじゃないのか!?」
ヨハネがボアエレを挑発する。辺りを見回したボアエレも舌打ちして、ヨハネを睨んだ。
「調子に乗るなよ人間! 貴様を殺して俺が加勢すれば、すぐに終わるわ!!」
ボアエレは剣を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。その剣身には稲妻が
「ぐっ……!」
だが、すぐさま斬り返し、ボアエレの顔に斬撃を叩き込む。
寸での所で剣をかわしたボアエレ。大きく後ろに飛び退くが、その頬にはわずかに傷跡が残る。
やはり互いの力は拮抗していた。
魔族とは何度も戦ったことのあったヨハネだが、ここまで強い魔族は初めてだった。恐らく魔王軍でも幹部クラスなのだろうと思い、緊張で額に汗が浮かぶ。
ボアエレも予想外の人間の強さに驚いていた。
各国の有力な将は、軒並み連合軍に招集されていたため、それほど強い者は残っていないだろうと高をくくっていたからだ。
「忌々しい人間め……」
ギリッと歯ぎしりして、ヨハネを睨みつける。その時――
ボアエレの背中にぞわりと悪寒が走る。ヨハネも同じように感じ、何が起きたのだと辺りを見回す。
ハッとして見上げた遥か上空。
何かいる――
黒い霞がかかったような曇天の空。小さな点にしか見えないそれは、ゆっくりと下りてきた。
「あれは……まさか!?」
ヨハネが顔を強張らせて見上げている中、ボアエレも上空から目が離せなくなっている。
「そんな、私に任せると言われたはず……なのに何故!?」
ボアエレの表情を見て、ヨハネは確信する。高度を下げてきたそれは肉眼でもハッキリと確認できた。
長い金色の髪。黒地に金で装飾された鎧。肌は灰色がかり、腰には赤い宝玉の付いた黒い剣を帯びている。
「魔王イスタス・ザハロ!! こんな所まで来たのか!」
ヨハネの姿を視界に捉えた魔王ザハロは、フッと笑みを浮かべる。
「ザハロ様! なぜここへ。私めに何か落ち度でも!?」
懇願するように空に向かって叫ぶボアエレ。降りてくるザハロは表情一つ変えず、ボアエレを見下ろしていた。
「いいや、お前はよくやっている。何も問題はない」
低く響く声で、ザハロは語り掛ける。
「で、では!」
「予定通り、お前の役割はここで終わりだ。……ご苦労だった」
「予定? それは、どういう……」
魔王の言葉にボアエレは困惑した。予定など、まったく聞いていなかったからだ。
魔王ザハロは地上二十メートルほどの位置で止まり、右手を上げる。頭上にかざした手から、ドス黒い魔力が噴き出す。
「なにをする気だ!?」
灰色の空に現れた黒い魔力は、禍々しく渦巻いて巨大な球体のように見える。その球体によって、地上で戦っている者たちに変化が起こった。
「あ……ぐっ!?」
魔族が急に胸を押さえ、苦しみ始める。ボロボロと体が崩れ、灰のようになって黒い渦へと吸い込まれていく。
人間の兵士も体の力が抜けて、一人、また一人と倒れていった。
「そ、そんなっ!?」
ボアエレが悲鳴に近い声を上げる。
崩れ始める自分の体。目の前の光景が信じられず、上空で黒い渦を作るザハロに目を移す。
自分を含め、灰となった魔族の体が暗黒の球体に飲み込まれていく。
ボアエレは薄れゆく意識の中で、助けを求めるように手を伸ばした。
「な……ぜ……」
ボアエレの体は全て灰となり、風に乗って上空へと吸い込まれていく。
「これは……
地面に剣を突き立て、必死に耐えるヨハネは魔王ザハロを睨みつけた。
――確か魔王と契約した魔族は体の全てを吸収され、人間も生命力を奪われてしまう魔法。そんな魔法を使うと聞いたことはあったが……。
ヨハネは自分の手を見る。震えが止まらない。
辺りを見れば魔族はいなくなり、国王軍の兵士もことごとく倒れている。それは冒険者も同じで、立っている者の方が少ない。
「このままでは……」
魔王の元へは莫大な魔力が集まっていた。それこそ町一つ、都市一つを破壊するのに充分なほどの魔力が。
◇◇◇
「うわ~、時間かかっちまったな!」
ガルムは空を駆ける。マントの【飛行能力】で飛ぶよりも、足鎧の【空中歩法】の方がスピードが出るからだ。
――少し疲れるが、倒す魔族がいなくなったら大問題だからな。
全身フル装備で覇王竜の魔剣まで持つこの状態。誰にも負ける気がしなかったガルムは、一体でも多くの魔族を倒したいと思っていた。
だがレイフォードの北、クレイブの町で見た光景に驚く。
「なんだ?」
町全体に薄暗いモヤがかかり、空から近づくと大勢の人が倒れていた。
どうやら冒険者や軍の人間のようだ。何より問題なのは、魔族が見当たらないということ――
「あれ? 魔族は!?」
戦闘の形跡はある。――と言うことは、ここで魔族と戦っていたはずだ。なのに、なんでいないんだ!?
ガルムはグルグルと考えを巡らせる。
――まさか! もう戦いが終わったんじゃ? ガルムは地上に降り立ち、倒れている兵士の首に手を当てる。
「まだ生きてる」
少し弱々しい鼓動だが、間違いなく生きていた。――魔族に倒された訳ではない? 一体なにが……。
その時、ふっと空を見上げたガルム。
「あっ!!」
一体の魔族がいることに気づく。黒い鎧に、黒い翼。生気を感じない灰色の肌。
「見つけたぜ! 俺の魔族!!」
ガルムは走り出す。【空中歩法】のスキルを使い、空気を蹴って魔族の元へ。
大量のギルドポイントに100万リラ! もはや魔族がお宝にしか見えなくなっていたガルムは、意気揚々と空中を駆け上がった。
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