第47話

 空が色づく。天は赤く染まり、胸を斬り裂かれたザハロは火だるまになりながら悶え苦しんだ。


 

 「なんだ……この炎は!?」



 ザハロほどの魔力を持っていれば、簡単に体を燃やされることなどない。だが火は消えず、皮膚を、肉を、骨を焼き尽くそうとする。


 ――まさか……これは炎竜王の地獄の業火ヘルフレイム!?



 それは世界最大の火山から生まれ、大陸を焼き尽くした古代竜王の火の息ブレス。その炎に焼けぬものはないと言われていた。


 ザハロはたじろぐ。この人間は想像していた以上の強さを持っていると、だが魔王として引く訳にはいかない。



 「ぬあっ!!」



 渾身の力を持って魔力を放ち、体の炎をかき消す。全身焼け爛れ、再生もままならない。


 最後の力を振り絞り、黒くこげた翼で上空へ昇る。



 「この町ごと消し去ってくれる!!」



 ザハロは突き出した両手に光を集める。自分の持つ最強の攻撃。使えば魔力がほとんど無くなってしまうが、躊躇している場合ではない。


 膨れ上がった魔力を敵に向け、狙いを定める。



 「消えろ! 邪悪なる神の咆哮イヴィル・ロア!!」



 破壊の光が大気を引き裂き、ガルムに襲いかかった。


 ――これなら弾けまい。ザハロがそう思った瞬間、



 「邪魔だ!」



 一閃。ガルムが剣で薙ぎ払うと、光は屈折して地平の彼方へと飛んでいく。


 地面に当たると大地が粉砕され、爆発して炎の柱が数百メートル噴き上がる。その振動は、ブリデンド王国全土に響き渡った。



 「バ……カな……」



 呆気に取られるザハロを余所よそに、ガルムは一気に距離を詰める。黄色の宝玉が輝き、剣に稲妻が走る。



 「これで終わりだ!!」



 ガルムが剣を振ると、稲妻が巨大な龍の形となってザハロを飲み込み、そのまま天へと昇っていく。



 「ぬうあああああ!」



 必死に堪えるザハロ。雷の龍は渦巻きながら雲を突き抜け空を泳ぐ。その獰猛な牙で獲物を噛み砕いた瞬間――


 目が眩むほどの稲妻が空を走り、数千の落雷が大地に降り注ぐ。


 上空を厚く覆っていた雲は雲散し、戦いの終わりを告げるように晴れ渡る。


 常軌を逸するほどの激しい戦いを、地上にいたヨハネや軍人、冒険者たちはハッキリと見ていた。


 ヨハネは言葉を失い、ただ空を眺める。


 それはまさに神話級の戦い。子供のころ聞かされた、英雄アトラスと悪しき神々、巨神ギガンテスや鬼神ヴェデルネスとの戦いのような、人智を超える決闘だった。


 ――鎧の戦士は無事のようだ……だとしたら、魔王は!?


 ヨハネは空を見渡す。すると空の高い位置から下りてくる小さな点が見える。それは人間の形に戻った魔王。


 ――やはり死んでいなかったか!


 魔王と人間。空中で再び相まみえた。



 ◇◇◇



 ――嘘だろ!? こいつの体、どうなってんだ? あれだけ攻撃したのに……。


 ガルムの目の前には、傷一つ無く元の姿に戻ったザハロがいた。ガルムの顔をジッと見つめ、口の端を吊り上げる。



 「お前ほど強い戦士がいるとはな……今後の計画を練り直さねばなるまい」


 「あ? なに言ってんだ、お前?」



 ザハロは翼を羽ばたかせ、高度を上げガルムと距離を取る。



 「また会おう。強き人間よ!」



 そう言ってザハロは飛び去ってしまう。逃げるとは思っていなかったガルムは呆気に取られた。



 「え? ちょ、ちょっと待て! 耳……耳を置いていけ!!」



 手を伸ばし追いすがろうとするガルムだったが、魔族はすでに遥か彼方へ。



 「ああ……」



 せっかく見つけた魔族を逃がしてしまったガルム。意気消沈し、がっくりと落ち込む。仕方なく飛行能力を使い、他にも魔族がいないか探しに行く。


 ガルムが飛び去った後、戦場には静寂が訪れる。



 「終わったのか……?」



 ヴァンはゆっくりと立ち上がる。体はふらついて足に力は入らないが、特に大きな怪我もない。


 クレイやソフィア、アンバーも無事なようだ。



 「なんだったんだ!? あの化物みたいな二人は?」クレイも立ち上がり、二人が去ってしまった空を見つめる。


 「それよりガルムよ! 結局、来なかったじゃない!」ソフィアは地団太を踏んで腹を立てる。


 「魔族の耳……三つしか取れなかったね……」アンバーは袋に入った耳を見つめながら、ハァーと溜息をつく。


 

 他の冒険者や軍人も次々と立ち上がり、辺りを見回す。


 多くの者が生き残ることができたが、町は半壊状態。遠くの山は消えて無くなり、平原には大穴が空いている。


 自分たちの目の前で起こった信じられない出来事に、その場にいた人間はただ呆然とするしかなかった。 



 ◇◇◇



 壮絶な魔族との戦いから丸一日――


 ブリテンド王国の王城にて、帰ってきたヨハネは議場において王や大臣の前に立っていた。



 「して、何者なのだ? その人間は」



 王がヨハネに尋ねる。戦いの報告は受けていたが、荒唐無稽な内容だけにいまだ信じらずにいた。



 「分かりません。方々ほうぼうに確認を取り探しましたが、該当の人物を見つけ出すことはできませんでした」


 「ふむ、そうか……」



 王は顎髭を撫でながら、目を閉じて黙り込む。魔族との全面戦争、到底勝ち目のない戦いに魔王まで出てきたと言う。


 本来なら国王軍は全滅し、王都は壊滅していたはずだ。国王はそう考えていたが、実際は突如現れた戦士が魔王を退けたとのこと。



 「それほどの力を持つ者なら、噂になっていてもおかしくあるまい」


 「はい、私もそう思うのですが……」



 ヨハネを始め、誰も心当たりが無いらしい。国王は魔王と戦った戦士に褒賞と賛辞を与えたいと思っていた。


 だが何者が分からないのでは、それもできない。



 「誰も名前を知らぬ戦士か……だが呼び名が無いのも不便であろう」


 「呼び名ですか?」



 国王の言葉にヨハネは眉根を寄せる。


 ――どこの誰かも分からないのに、名前とは……。



 「誰よりもいさましき者。〝勇者″と呼ぶことにする」


 「勇者……」


 「ヨハネよ、その勇者を必ず見つけ出すのだ。魔王軍との戦い、その者が勝利の鍵を握っておる!」


 「はっ、必ずや!」

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