第42話

 「ヨハネ様、冒険者の中には極めて強い者もおると聞いております。充分頼りになるかと……」


 「ほう、そうなのか? トリンケン、お前が冒険者に詳しいとは知らなかったぞ」



 軍人の中には冒険者出身の者もいる、だがトリンケンは貴族の出身。民間の冒険者について知っているなどヨハネは意外に思う。



 「いえ、私も詳しい訳ではありません。ただ連合に参加している者の中に知り合いがおりまして」


 「連合というと、今はポートグランか?」


 「はい、後方で警備をしていたところ魔族の襲撃に遭い、なんとか倒したそうですが、一体を取り逃がしたそうです」


 「魔族を……」



 後方まで魔族が来るのは珍しいとヨハネは思った。


 ――それだけ押され始めているということか?



 「その魔族を警備支援に来ていた冒険者が難無く倒したとか、警備長のアイク将軍も驚いておりました」


 「そんなことがあったのか……それで、その冒険者は何という名前だ?」


 「確か〝大鷲″というパーティー名だったと、個人の名前までは分かりませんが」


 「そうか……」



 それは一万の魔族が襲来することに比べれば、小さな出来事かもしれない。だがヨハネの胸に、わずかに希望の光が灯った。



 「大鷲か……ギルドの増援の中にいてくれればいいのだが」



 ◇◇◇



 「すごい数だな」



 ヴァンが呟く。そこにはレイフォードの北へ向かう冒険者たちがいた。


 街道沿いを長い行列となって進んでいる。〝アルバトロス″や〝水無月″の姿もあり、優に千人は超える集団になっていた。


 ギルドマスターのヤコブが、集められるだけ集めたのだろうとヴァンは思った。



 「確かに多いが……これで全員か? 一万の魔族相手じゃ足りないんじゃないのか?」



 クレイが不安な表情を浮かべ、辺りを見回す。ヴァンも同じ考えではあったが、



 「レイフォード以外にあるギルドにも声をかけたらしいが、とても間に合いそうにない。この人数と国王軍で戦うことになるだろう」



 ヴァンの言葉に、他の三人は俯き沈黙する。どんなに報酬が良くても、死んでしまっては意味がない。


 そのことは全員よく分かっていた。



 「――ったく! ガルムのヤロー早く来いってんだ! なにやってんだ」



 クレイが舌打ちして憤る。ガルムがいないことも、メンバーが不安になる大きな要因だ。


 本来ならパーティーの精神的な支えは、リーダーが担わなくてはならない。ヴァンは少し情けない気持ちになった。


 ――俺にもガルムほどの強さがあればいいが……まあ、無理な話か。


 そんな時、前方から一騎の騎馬が駆けてくる。



 「あれは……国王軍の騎馬か?」ヴァンが眉をひそめる。


 「冒険者の諸君! 魔王軍はクレイブの町に向かって進行中! このままでは町が襲われる可能性がある。国王軍と合流して住人の避難を優先せよ! 繰り返す――」



 騎士は全体に情報が伝わるよう、駆け回りながら叫んでいた。



 「おいおい、クレイブの町って目と鼻の先じゃねーか! そんなにすぐ戦いになるのか!?」



 クレイが嘆くように言うが、ヴァンも緊張の色が隠せない。



 「恐らく、魔王軍の進行速度が想像以上に早いんだ」



 焦るヴァンの顔を見て、ソフィアやアンバーも息を呑む。



 「……ガルム……間に合うかな?」


 「大丈夫よ。なんだかんだ言って、いつも助けてくれるじゃない!」



 ソフィアの笑顔に、アンバーも落ち着きを見せる。そんな彼らの行く先にクレイブの町が見えてきた。



 ◇◇◇



 「ボアエレ様、人間の町です」



 一万の軍勢は、黒い翼を羽ばたかせ空を移動していた。その中心にいるのは魔王軍将校ボアエレ。


 眼下に見えてくる町を視界に捉える。



 「あれを越えれば、すぐにレイフォードのはずだな」


 「はい、いかがいたしましょう? 多くの人間がいると思われますが……」



 ボアエレの後ろで進言するのは、副官を任されているグランゼ。黒い鎧で身を固め、どこか卑し気な笑みを浮かべる。



 「そうだな。戦いの前に、人間の魂で腹を満たすか」



 魔族は人間の魂魄を喰らうことで、魔力を取り込むことができる。


 空を覆う黒い集団が町に下りようとした時、南東から土煙を上げて駆けてくる集団があった。



 「あれは……」



 ボアエレが片眉を上げる。白銀の鎧に身を包み、疾走する騎馬に跨って一直線にクレイブの町に迫る。



 「フッ、なるほど……国王軍か!」



 黒い翼を大きく広げ、滑空して町へと下りてゆく。グランゼを始め、魔王の軍勢も次々と剣を抜いて後に続いた。



 ◇◇◇



 「ヨハネ様、あれを!」


 「くそっ! 住民の避難は間に合わんか!!」



 国王軍の騎馬部隊は町に入り、空から襲い掛かってくる魔族を迎え撃つ。



 「うおおおおおおっ!!」



 ヨハネが鞘から抜き放った剣は、目の前に迫った魔族を切り裂き薙ぎ払う。


 断末魔の叫びを上げ、地面に打ちつけられた魔族を置き去りにしてヨハネの騎馬は更に速度を上げる。


 つき従う騎士団も、魔族と剣を斬り交わす。



 「歩兵と冒険者が到着するまで、何としても持ちこたえろ! それが我々の役割だ!!」


 「「「おお――――――――――――っ!!」」」



 ヨハネ率いる騎士団と、ボアエレ率いる魔王軍がぶつかり合う。


 ブリテンド王国の中でも精鋭揃いの騎士団だが、五倍近い戦力差ではさすがに分が悪い。ヨハネは歯を食いしばる。


 ――くっ! いつまで持つか……早く来てくれ、冒険者たち!!

 



 ◇◇◇



 「おい! アレ!?」



 冒険者が空を指さす。クレイブの町の上空に、黒い塊のようなものが見える。



 「あれ全部魔族なの?」



 ソフィアが町に襲いかかる集団を見て顔をしかめた。



 「もう国王軍と戦闘になってる! 急ごう、手遅れになるかもしれん!」



 走り出すヴァンに続くように、〝大鷲″のメンバーもクレイブの町に向かって駆け出す。それは他の冒険者も同じだった。


 もし先に国王軍が倒されてしまっては、残された自分たちが圧倒的に不利になる。


 彼らは数々の修羅場をくぐってきた冒険者、勝負所は理解していた。剣を抜き、斧を振り上げ、疾風怒涛の如く駆け抜ける。


 千人の集団は、土煙を上げ一路クレイブの町へと雪崩れ込んだ。

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