第38話

 「朝か……」



 ヴァンはテントの前に置かれた木箱に座り、白んでいく空を見つめていた。


 日が昇り、薄暗かった草原が息を吹き返すかのように青々と輝く。夜通し続いていた激しい戦いの音はすでにない。


 どちらが勝ったか分からなかったが、混乱が起きていないことを考えれば、アイク将軍たちが勝ったのだろうとヴァンは思った。


 立ち上がり、呪いを受けた患者のいるテントを覗き込む。


 そこには疲れ果て、机に突っ伏すソフィアがいた。



 「一睡もしないで駆けまわってたからな……」



 ヴァンはソフィアの寝顔を見て、ホッと息を吐く。どれほど大変だったかは、容易に想像できる。


 しばらくすると、テントの中からカウスが出てきた。



 「どうですか、カウスさん。呪いの治療、うまくいったんですか?」



 ヴァンの問いかけに、カウスは手袋を外しながら微笑む。



 「ええ、うまくいきましたよ。十二人中、八人の解呪に成功しました。残念ながら四人は亡くなりましたが、彼女がいなければ、こんなに多くの人は助からなかったでしょう」


 「そうですか……それは良かった」



 安堵の息を漏らすヴァン。「すげー奴だな」後ろを振り返ると、感心するガルムがいる。側にいたクレイやアンバーも同じ考えのようだ。

 

 ヴァンはみんなの顔を見渡し、口を開く。



 「こっちはもう大丈夫だろう。アイク将軍の所へ行こう」


 「「おお!」」



 ガルムとクレイが頷き、四人は昨夜戦場になった場所へと向かった。



 ◇◇◇



 そこは惨憺さんたんたる状況だった。


 焼け焦げたテント。えぐれた地面。何人もの兵士が横たわり、医師たちの治療を受けている。



 「アイク将軍はどうなった?」



 姿が見えない将軍を探そうと、ヴァンは近くにいた兵士に尋ねる。



 「ああ、将軍は負傷されたが無事だよ。今は向こうのテントで治療を受けてる」


 「ありがとう」



 ヴァンたちがテントに向かうと――



 「おお、君たち!」



 椅子に座って手当を受けていたアイクが笑顔で迎えてくれる。その体には痛々しい傷が残り、鎧を脱いだ上半身は包帯で覆われていた。



 「大丈夫ですか、将軍。魔族には勝ったんですよね」



 ヴァンの問いに、アイクは小さく笑う。



 「ああ、二体は倒せた。だが一体は逃がしてしまってな……。こちらも副将を一人殺されてしまった」

 


 悲し気な表情で話すアイク。その後ろに目を移すと、布をかけられた遺体があることに気づく。



 「それは……お気の毒です」



 ヴァンが悲痛な面持ちで言うと、アイクはハッハッハと笑って四人を見渡す。



 「これが我々の仕事だからね。みんな覚悟はできている」


 「でも、俺たちが一緒に戦えば、犠牲は出なくて済んだかも……」



 ガルムの言葉に、アイクはかぶりを振って答える。



 「君たち冒険者は、あくまでも護衛任務の補佐だ。我々が守る対象の中には当然君たちも含まれている。だから気にしなくていいんだよ」



 アイクは微笑んで、ガルムたちを見た。



 「負傷兵の避難を手伝ってくれたこと、感謝しているよ。ありがとう」



 礼を言われて、少しこそばゆい気持ちになりながら、ガルムたちはテントを後にした。ガルムはアイクの言葉に感心する。



 「すげーよな……。さすが噂に聞く、連合の将軍だ」


 「ああ、確かに俺たちとは覚悟が違うようだ」



 ヴァンも同意し、全員でソフィアがいるテントへと戻った。




 二週間後――



 「ここにサインを」


 「あいよ!」



 ヴァンが手渡した書類にサインをして返してきたのは、ギルドが派遣したBランク冒険者の〝キングコブラ″


 厳ついパーティー名のわりに、メンバーはどこか幼さを残す四人の青年だった。


 〝大鷲″の後を引き継ぎ、連合軍の医療施設の活動を補佐するためにやってきたのだ。後のことは彼らに任せ、ヴァンやガルムたちは帰る準備を始める。



 「全員、忘れ物はないな?」


 「ああ」「ねーよ!」「私も!」「ないです」



 全員が荷物を持ち上げ、中身を確認する。元々たいした量の荷物は持ってきていないため、帰り支度はすぐに終わった。


 二週間すごしたテントを出て、帰りの挨拶をするため五人はアイク将軍のテントへと向かう。



 「〝大鷲″のヴァンです。入ってもいいでしょうか?」


 「ああ、入りたまえ」



 全員でテントの中へ入ると、そこには医療責任者であるカウスも来ていた。



 「そうか……今日で終わりか」目を細めてアイクが言うと、


 「はい、お世話になりました」とヴァンが挨拶する。


 「ちょうど君たちの話をしていた所なんだ」


 「俺たちのことですか?」



 ヴァンは眉根を寄せる。何かおかしなことをしただろうか? と疑問に思っていると、頬を緩ませカウスが口を開く。



 「ソフィアだよ! ソフィアがとても優秀だという話をしていたんだ」


 「わ、私ですか!?」



 ヴァンの後ろにいたソフィアが、驚いて目を見開いた。



 「君はここにいる、どの修道士より優秀だったよ。冒険者でここまで能力が高いとは思わなかった!」



 カウスの賞賛に、ソフィアは顔を真っ赤にして黙り込む。



 「こんなことを言ってはヴァン君たちに申し訳ないが、冒険者にしておくのはもったいない。良かったら修道士協会の医療機関で働かないか? 私が推薦するよ」



 修道士協会の医師団は、世界を回り怪我や病気で苦しんでいる人々を治療する国際組織だ。かつてソフィアも入りたがっていたことを知っていたヴァンは、ソフィアがなんと答えるか分からず、不安な表情を浮かべた。

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