第37話
「しかし、君のレベルでは……」
困惑するカウスに、ソフィアは詰め寄って頼み込んだ。
「解呪の基礎は習ったことがあります! 少しでも役に立ちたいんです、お願いします。やらせて下さい!!」
強い眼差しで見つめてくるソフィアに、カウスは何も言うことができない。結局、解呪魔法を使って治療することを許可した。
ダメ元なのは分かっていたが、他に方法がない。
「すごい剣幕だな……いつものソフィアじゃないみたいだ」
鬼気迫るソフィアの表情に圧倒されるガルム。ヴァンも頷いて、二人でテントを後にする。
「ソフィアは両親を流行り病で亡くしてるんだ。だから命を救いたいという気持ちは、人一倍強いんだろう」
「そうなのか?」
「元々、修道士協会の医師になろうとしていて、それを俺が口説き落としてパーティーに入ってもらったんだ」
「そんなに積極的に勧誘したってことは、有名だったのか? ソフィアは?」
「住んでいた村では、ちょっとした有名人だよ。十代前半で高位の回復魔法を使い、学業においても天才的。レイフォードの街の修道院に来た時には、噂になってたからな。何度も会って冒険者に誘ったんだ」
「へ~、そんなことがあったのか……」
ガルムは感心しながら、夕日が沈む野営地を歩く。
いつも喧嘩していると子供っぽい姿しか見せないが、負傷兵を治療している時の顔は堂々としてかっこいいな、とガルムは思った。
「――にしても、俺たちじゃ何にもできないな。ただ見てるだけだ」
ガルムはいつものように〝手甲″と〝足鎧″を着けてきていた。〝手甲″の能力なら怪我を治すことはできるが、大っぴらに使う訳にはいかない。
それに〝手甲″の能力でも、呪いの解呪はできないだろう。
ガルムとヴァンは、クレイやアンバーが待機しているテントに戻り、交代で見回りを続けようとしていた。そんな時――
一瞬、夜空に光が走る。遠くに響く衝撃音。慌ただしく聞こえる兵士たちの声。
ガルムは何が起きたのか分からなかったが、全員がテントから出て辺りを見回す。闇に沈む西の空が、赤く色づく。
「あれは……燃えているのか?」
ガルムが戸惑っていると、
「行くぞ!!」
ヴァンが炎上しているテントへと駆け出す。その後ろにクレイとアンバーが続き、ガルムも追いかける。
火元の近くまでいくと、一張りのテントと、その周辺が燃えていた。
「どうした!? 敵か?」
ヴァンが近くにいたポートグラン兵に尋ねるが、若い兵士はガタガタと震えているだけで、容易に答えない。
「みんな気をつけろ! 敵はすぐ近くにいるぞ!!」
ガルムやクレイも辺りを警戒する。テントを守らなければ負傷兵だけでなく、治療にあたっている修道士も殺されてしまう。
ガルムが、ふと夜空を見上げると、そこに何かいることに気づいた。
雲の切れ間。月明かりが、空に浮かぶ者たちを照らし出す。黒い翼に、黒い服装、銀の髪をなびかせた三人の人間……いや――
「魔族……か?」
ガルムの言葉に、ヴァンやクレイは息を飲む。噂には聞いていたが、全員見るのは初めてだ。青白い肌と青い瞳、その表情は人間にしか見えない。
「あれが魔族なら、やるしかないな!」
ガルムは剣を抜く。ヴァンやクレイ、アンバーも自分の武器をかまえ、空を睨む。
ゆっくりと地上に降りてくる魔族に緊張が走るが、
「君たちは手を出すな!」
野太い声が後ろから聞こえてきた。ガルムが振り返ると、そこにいたのは連合軍の警備責任者、将軍のアイクだ。
「奴らの相手は我々がする。君たちは怪我人の避難を手伝ってくれ!」
アイクは連合軍の将校を引き連れ、降り立った魔族を睨め付ける。睨み合う将軍と魔族を見て、ガルムはどうすべきか迷ってしまう。
「ここは彼らに任せよう!」
張り詰めた空気の中、口を開いたのはヴァンだ。足早にテントに入り、逃げ遅れた負傷者を運び出そうとする。
「いいのかヴァン!? 戦いに参加しなくて?」
ヴァンの後についてテントに入ったガルムだが、外の様子が気になってしょうがない。
「大丈夫だ。連合の将軍は各国から集められた精鋭中の精鋭。それに俺たちより魔王軍との戦いに慣れている」
「まあ、それはそうだが……」
――たぶん俺の方が将軍より強いと思うが、かと言ってしゃしゃり出て行くのもおかしいしな。
ガルムはアイクに言われた通り、怪我人の避難に手を貸すことにした。
火が燃え移りそうなテントから負傷兵を連れ出し、安全な場所まで運び出す。背後から轟音が聞こえてくるが、ガルムは振り向かない。
自分のするべきことに全力を尽くす。
ヴァンとクレイも怪我人を担ぎ、アンバーは広がる炎を水魔法で消してゆく。
兵士たちが慌ただしく行きかう中でも、ソフィアは高い集中力を維持して呪いの治療にあたる。絶対安静の患者を動かす訳にはいかない。
怪我人の避難を終えたガルムたちは、その場を動くことのできないソフィアの守りにつく。
「おいおい、マジで頼むぜ将軍!」
クレイがテントの外で西の空を睨む。爆発音と衝撃音。魔族とアイク将軍の戦いが激しさを増している。
「かなり距離があるのに、ここまで衝撃が伝わってくるぞ」
ガルムは腰に帯びた剣に手をかける。仮に魔族が襲ってきても、撃退できる自信はある。
だが、それは将軍を始め、連合の兵士が殺されたことを意味する。
――願わくば、俺の出番なく終わってくれよ。
不安と焦燥。緊張と興奮。誰も眠ることのできない夜が、静かに深まっていた。
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