第36話

 三日後。ポートグランの南端にある軍事医療施設に〝大鷲″の姿があった。


 医療施設と言っても、広大な平原に立てられた簡素なテントでしかない。その中には数十人の怪我人が運び込まれて治療を受けている。


 そんなテントが連なるように十数張り並んでおり、その一張りのテントにガルムたちは医療物資を運んでいた。



 「これで物資は以上です。ここにサインをお願いします」


 「ああ、分かった」



 ヴァンが医療責任者に用紙を渡し、サインをもらう。



 「それにしても助かったよ。もう少しで薬や備品が切れる所だったからね、君たち冒険者にはいつも感謝している」



 白い修道服を纏った医療責任者のカウスは、ヴァンたち礼を言う。ここにいる医療従事者は全員〝修道士協会″から送り込まれた人たちだった。



 「君も女の子なのに、危険な冒険者に身を置くとは、大変じゃないか?」



 カウスがソフィアに聞くが、ソフィアは恥ずかしそうに首を振り、「医療をされている方のほうが大変です」と笑顔で返す。


 しおらしい態度に――いつもと違うじゃねーか。と思うガルム。


 だが口には出さない。無駄な喧嘩になるだけだと分かっているからだ。



 「ソフィア、君にはこちらで治療を手伝ってもらう。護衛任務については、警備兵から説明があるので、しばらく待っていてくれ。では行こうか、ソフィア」


 「はい」



 そう言ってカウスとソフィアは別のテントへと向かった。ガルムたちはテントの中に置かれていた木の椅子に腰かけ、警備兵の到着を待つ。



 「二週間か……けっこう長いな」



 ガルムはテントの中を見渡し、せわしなく動き回る看護師や医師に目を向ける。修道士と言っても全員が回復魔法を使える訳ではない。


 使える人間がいたとしても、一日でかけられる魔法はたかが知れていた。


 この人数では焼け石に水だろう。そんなことを考えている間にも、新しい患者が運ばれてくる。担架に乗せられ、ぐったりとした男性。



 「善戦しててもこの有様か、確かに二週間……何があってもおかしくないな」



 ヴァンが険しい顔で担架の男性を見つめる。血だらけでベッドに運ばれていたが、右手と左足が欠損していた。


 ここまでの重症になると回復魔法でもどうにもならない。



 「待たせたね」



 テントの入口から入ってきたのは、使い込まれた銀の鎧を着こんだ一人の騎士。その後ろから、同じく数名の騎士が入ってくる。



 「私がここの警備長を任されている、将軍のアイクだ。よろしく!」



 金色の髪に爽やかな笑顔。背は高く、ガッシリとした体格の連合国騎士。


 アイクは手を差し出し、ヴァンと握手を交わす。



 「今日から二週間、よろしくお願いします」


 「ああ、ここは我々が守っているからね。君たちには補佐をしてもらう」


 「魔王軍と戦う前線基地が近いと聞いています。影響があるのでは?」


 「なあに、たまに魔王軍の残党が襲ってくることはあるが、我々が撃退している。大船に乗ったつもりでいてくれ」



 「ハッハッハ」と高笑いを上げてテントを出て行くアイク。その言葉を聞いて更に不安は広がり、ガルムたちは改めて危険な場所に来たのだと再認識する。



 ◇◇◇



 ブリテンド王国、国王ラムセスは自室の窓から外を眺めていた。


 同じ部屋に、将軍のヨハネが深刻な表情で控える。


 ラムセスは窓から離れて部屋に置かれた椅子に腰をかけ、対面で直立しているヨハネに声をかける。



 「それで、状況はどうなっている?」



 ラムセスの問いに、ヨハネは険しい表情で答える。



 「はい、魔王軍の本隊はポートグランに進行しており、被害も甚大になっていると聞いております。ただ連合軍がなんとか押し返し、現在は拮抗しているとのこと」


 「うむ、我が国からも支援はおこなっているだろう?」


 「はい、ポートグラン王からも感謝の意が伝えられております」


 「の国には名のある猛将も多いからな、大丈夫だとは思うが……」



 そこでラムセスは一つ息を吐き、言葉を切る。今、もっとも問題なのはポートグランではない。



 「それで、例の件はどうなった?」


 「はい、北の山脈に魔族が集結しているとの情報があり、確認を急いでおります。本当ならば同盟と連絡を取り、連合軍に助力を求めたいのですが……」


 「この状況で援軍は難しいか」



 ヨハネは沈黙する。魔族が集まっているなら、敵の狙いは間違いなくブリテンド王国だ。だが、頼みの連合軍はポートグランに足止めされている。


 まさに抜き差しならない事態だと、ヨハネは臍を噛んだ。


 具体的な対応策を出せないまま、事態は悪い方向へと確実に進んでいた。



 ◇◇◇



 ガルムたちがポートグランに来て三日がたつ。


 相変わらず魔王軍との戦いは激しいらしく、毎日大勢の怪我人がテントに運び込まれていた。


 日が傾き始め、肌寒い風が吹き抜ける野営のテント。その周辺警備にあたるガルムは、日々増え続ける負傷兵に顔をしかめた。



 「直接戦ってる訳じゃないが……緊張感は半端じゃねー」


 「まさかここまで魔王軍が来ることは無いと思うが、少しづつ劣勢になってきてる感じもする」

 


 一緒に巡回しているヴァンも、同じような不安を抱く。そんな時、少し離れたテントから騒がしい声が聞こえてくる。


 「なんだ?」とガルムは思い、ヴァンと共に見に行くと、苦しむ十数名の兵が運び込まれる所だった。


 今まで見てきた負傷兵とは、明らかな違いがある。


 体に黒いアザを作り、悶えて暴れる兵士たち。異様な光景に、ガルムとヴァンは眉をひそめる。



 「全員、ここに運んで!」



 大声を張り上げていたのはソフィアだ。担架で負傷兵を運ぶ兵士たちに指示を出し、患者を一列に寝かせていった。


 兵士の服を脱がして病状を確認してゆく。


 邪魔になるため、ガルムやヴァンはテントの中には入れない。外から見守るしかない状況だ。



 「どうなっている!? 何の傷だ!」



 違うテントから駆け付けたカウスが、運んできた兵士に問いただす。



 「我々も詳しいことは……ただ数体の〝魔族″が現れたと」


 「魔族!?」



 カウスは怪訝な顔をする。通常の魔物であれば裂傷や毒などの症状がおもだが、魔族なら厄介な魔法を使うこともある。



 「ソフィア! 容体は!?」



 無言で診察していたソフィアが顔を上げる。



 「恐らく……呪いだと思います」


 「呪い……」



 カウスはその言葉に息を飲む。それが本当なら、治療は極めて難しい。


 今、この医療施設にいる修道士で呪いを解くための〝解呪″ができるのは、高位の修道士一人だけ。


 十人以上いる患者は、とても診ることができない。



 「大多数は助からないか」


 

 呪いを与える魔法の致死率は高い。カウスは諦めの表情を浮かべた時、厳しい顔で患者を診ていたソフィアが口を開く。



 「……やります。呪いの解呪、私がやります!!」

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