第35話

 その速さにヴァンとクレイは目を見張った。


 

 「うおおおおおおおっ!!」



 フラフラと飛ぶ羅刹鳥に一瞬で近づき、有無を言わさず両断する。数秒で十体以上を倒してしまった。


 剣の届く距離であれば、もはやガルムの敵ではない。


 クレイも剣で斬りつけ、落ちてきた鳥を足で踏み潰した。ヴァンも羅刹鳥を次々に仕留めてゆく。


 先ほどまでの苦戦が嘘のように、順調に討伐が進む。


 ――これもアンバーの風魔法のおかげだ。


 ヴァンはそう思い、アンバーへと目を向ける。すると、上から滑空してくる羅刹鳥に気づく。明らかにアンバーを狙っていた。


 ――くっ! ここからじゃ間に合わない!!



 「アンバー! 逃げ――……」



 ヴァンが大声を張り上げた瞬間、アンバーの前に立ちはだかったのはソフィアだ。



 「聖なる光よ! 悪しきもの照らし出せ!!」



 かかげられた杖の先から放たれる閃光。アンバーに襲いかかろうとしていた羅刹鳥は苦しそうに呻き、光の中へと消えていく。


 修道士が使う光魔法。聖なる光の力が、アンデッドに近い羅刹鳥を浄化して消し去ってしまう。



 「アンバーの守りは私に任せて! ヴァンたちは早くあの鳥を!!」



 力強いソフィアの言葉にヴァンは頷き、残った羅刹鳥の討伐に全力を注ぐ。


 ヴァンとクレイが鳥を地面に引きずり落として一羽づつ倒し、ガルムはその何倍ものスピードで斬りまくっていた。


 結局、日が沈むまでには、目につく羅刹鳥は全て狩り尽くしてしまう。



 「これで粗方かたづいただろう」



 ヴァンが疲れ切った顔で辺りを見回す。そこには羅刹鳥の死体が至る所に散乱していた。



 「どう見ても二百羽以上いるぞ。報酬上がらねーかな」



 ガルムは愚痴りながらも、もう動けないとばかりに大の字に横たわる。クレイも疲れて座り込んでいた。



 「まあ、何にせよ依頼は達成だ。村長さんに報告しよう」



 その後、村に戻って討伐完了を伝えると、村長や村人に大いに感謝される。やはり人から感謝されれば悪い気はしない。


 自分たちのランクを上げるために受けた依頼だったが、喜んでくれる村人の姿を見ると本当にやって良かったと、メンバー全員が思った。



 「――に、しても今回はアンバーに助けられたな!」


 「そうね、大活躍だったわね!」


 「そ、そんな……」



 レイフォードへの帰り道。ガルムとソフィアに褒められ、しどろもどろになるアンバー。真赤になって俯いていた。



 「本当にお手柄だった。次も頼むぞ、アンバー」


 「う、うん……」



 ヴァンにも褒められ、ますます所在なくアンバーは顔を伏せる。


 辺りは暗くなり、夜のとばりが下りてくる。ガルムたちはギルドへ報告しにいき、その足でいつもの酒場へ繰り出した。


 こうしてBランク昇格をかけた依頼の一つ、〝羅刹鳥討伐″を無事達成した。



 ◇◇◇



 翌朝―― ガルムたち〝大鷲″のメンバーは、ギルド会館の最上階。ギルドマスターの部屋に来ていた。


 広い執務室。来客用に置かれた赤い豪奢なソファーに腰をかけ、そわそわした気持ちで待っていると、仕事を終えたギルドマスタ―のヤコブが部屋に入ってくる。



 「いやいや、遅くなってすまんのう」


 「いえ、大丈夫です」



 ヴァンたちは立ち上がり、秘書と共に歩いて来るヤコブに頭を下げる。



 「まあまあ、座ってくれ」



 小さな体のヤコブは「よっこらしょ!」と言って、ソファーに飛び乗り、その後ろで秘書のナターシャが控えていた。


 ヴァンたちも再び座り、ヤコブと向かい合う。



 「いやー、今回の討伐ご苦労じゃった。まさか一日で終わらせてくるとは……期待以上の働きじゃよ!」


 「ありがとうございます。今回は運が良く順調にいきました」



 ヴァンが謙遜すると、ヤコブはうっすらと笑みを浮かべる。



 「さて、次の依頼じゃが……ギルドからは、この案件を提案する。どうかな? やってみるか?」



 そう言ってヤコブがテーブルの上に差し出したのは、一枚の依頼書。



 「これは……」



 ヴァンが見つめる依頼書を、ガルムたちも覗き込む。



          《連合軍・医療施設での支援活動》


 国からの依頼になります。医療施設で物資が不足しており、輸送を手伝ってもらいます。その他、負傷兵の手当てや医療施設の警護。

 期間は二週間。

 危険な地域での活動になるため、戦闘経験のあるパーティーを希望します。求めるパーティーの条件はBランク以上。

 詳しくは受付にてご確認下さい。



 「国の依頼か……」


 「まずいのか?」



 眉間に皺を寄せるヴァンに、ガルムが尋ねる。



 「まずくはないが連合軍は今、ポートグラン国にその本拠地を置いて、魔王軍と睨み合ってるんだ」


 「ポートグランか~、ちょっと距離があるな」



 できれば近場で仕事がしたかったガルムだが、ギルドマスター直々の依頼だけに断る訳にもいかない。



 「ホッホッホ、どうじゃ、なかなかしんどそうな依頼じゃろう。嫌ならやめても良いぞ。さあ、どうする?」



 ガルムはヤコブの顔をめ付ける。――嫌なじいさんだな……俺らが断る訳ないと分かってるだろうに。


 全員が1ランク上がるという破格の条件があるだけに、ガルムたち〝大鷲″が依頼を拒否するなどありえない。ヴァンも当然理解しているため、静かに口を開く。



 「分かりました。お引き受けします」


 「おお、やってくれるか! では頼んだぞ」



 秘書のナターシャから詳細が書かれた資料を渡され、執務室を出る。ヤコブは満面の笑みで送り出してくれたが、ガルムたちはどんよりした気持ちになった。



 「連合軍の医療施設だろ……ってことは、近くに魔王軍がいるんじゃないか?」



 心配を口にするガルムに、ヴァンも不安気な表情で頷く。



 「可能性はあるが、連合軍はかなり強くて戦況は悪くないと聞いている。それほど心配する必要はないと思うが……」



 一抹の不安を抱えながら、五人はギルド会館を後にした。

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