第34話

 「近づけばすぐに逃げてゆくのですが、たまに襲ってくることもあって……ほとほと困っております」



 村長はうんざりした様子で吐露した。その表情を見て、ヴァンはよほど大変だったのだろうと想像する。



 「あとは我々に任せて下さい。それと討伐の際は危険ですので、村長さんは近づかないようにお願いします」


 「わ、分かりました。よろしくお願いします!」



 そう言って村長は、足早にその場を去っていった。



 「よし! 始めるか」



 ヴァンの合図で、〝大鷲″のメンバーそれぞれが準備を始める。


 ソフィアとアンバーは後ろに下がって杖を構え、ヴァンとクレイは前に出て、担いでいた物を下ろす。


 ヴァンが持ってきたのは、弓と二百本の矢だ。


 弓に関しては完全に素人のヴァンだが、空中を飛ぶ鳥を倒すとなると、これしか思いつかなかった。


 クレイが用意したのは、五十本の木製の槍。投擲で羅刹鳥を倒そうとしていた。


 クレイは上空を飛ぶ鳥に目を移す。



 「当たれば一撃で落とせると思うが……」



 クレイも投擲などやったことは無かったが、数撃てば当たるだろうと楽観的に考えていた。


 それに対してガルムが用意したのは――



 「おいおい、何だそれ!?」



 クレイが眉間に皺を寄せ、ガルムが持つを見て訝しがる。


 ガルムが背嚢はいのうから取り出したのは、少し大きめのハンマーだ。



 「俺はコレを使う!」



 ガルムはそう言って、畑の脇を流れる川に向かう。


 落ちている大きめの石を持ち上げ、ヴァンたちの元まで運んでくる。



 「どうする気だ? ガルム」


 「まあ、見てろって!」



 不思議がるクレイを尻目に、石にハンマーを振り下ろす。


 衝撃音と共に、石は砕け、投げるのに丁度いい大きさに変わっていく。


 ガルムはこの作業を何度も繰り返し、畑の脇に大量の石を積み上げた。石の一つを手に取って、ガルムは木の枝にとまっている羅刹鳥に狙いを定める。



 「当たれよ~……ウラッ!!」



 放たれた石は弾丸となり、唸りを上げ、風を切り裂き鳥へと向かう。


 羅刹鳥が気づいた時には回避は間に合わず、体に当たった石は容赦なくその身を貫く。一撃必殺。


 有無を言わさぬ威力で獲物を絶命させた。


 これにはヴァンたちも「おお~~」っと歓声を上げる。



 「まあ、こんなもんよ!」



 ガルムは得意気に鼻を鳴らし、石を両手に持つ。今度は上空で飛んでいる羅刹鳥に向かって石を投げつけた。が――



 「あれ?」



 石は鳥に当たることなく空を切る。



 「おかしいな……」



 ガルムは何度も石を投げるが、鳥にはなかなか当たらない。最初の一発と違い、羅刹鳥も警戒し、飛び回りながら回避してゆく。



 「なによ! ノーコンね。当たったの最初だけじゃない!」


 「うるさいな! まだ肩が温まってないんだよ!!」



 ソフィアの言葉にイラつきながら、ガルムは猛然と石を投げ続ける。あっと言う間に石の山は無くなり、仕方なく川沿いに石を取りに行く。



 「俺たちもやるぞ」


 「ああ」



 ヴァンの呼び掛けにクレイも応え、二人は持ち込んだ武器を手に取る。


 ガルムが一匹殺したため、地上にいた羅刹鳥は全て飛び立ち、威嚇するように上空を旋回していた。


 ヴァンは弓の弦を引き絞り、鳥に向かって矢を放つ。


 だが当たらない。自分に弓術の才能が無いことは分かっていたが、それ以上に鳥が素早いとヴァンは実感していた。


 それはクレイも同じで、何度木製の槍を放り投げても虚空を舞うばかり。



 「くそっ! ダメか……」



 結局、一時間続けて倒せた鳥は、計八羽。男三人は疲れ果て、ぐったりと項垂れる。


 

 「ちょっと、情けないわね。あれだけやって八羽なんて……しっかりしなさいよ!」



 ソフィアが発破をかけるが、ガルムたちは反論する元気もなかった。


 村長の家でしばらく休ませてもらい、もう一度畑に戻ると、羅刹鳥は減るどころか増えている。


 悠然と木の枝にとまり、我がもの顔で畑を歩く。その様子を見てガルムは腹が立ってきた。



 「こいつら……完全に俺たちを舐めてるな」



 ガルムはイライラしながら自分の腕を見る。今回も【鬼神ヴェデルネスの手甲】と【天空神ヘルメスの足鎧】をつけてきたが、今の所あまり役に立っていない。


 ――〝空中歩法″のスキルを使えば鳥に追いつけるだろうが……ヴァンたちの前で使う訳にもいかないしな。


 そんなことを考えていた時、後ろでモジモジとしていたアンバーが前に出てくる。



 「わ、私が……やってみる」


 「アンバー? 何か策でもあるのか?」


 「う、うん」



 ガルムの問いにコクリと頷き、アンバーは杖を高々とかかげた。



 「ガ、ガルム! 鳥を……全部、飛ばしてほしい!」


 「お、おう、分かった!」



 ガルムは改めて持ってきた石を手に取り、畑を歩いている羅刹鳥に投げつける。


 轟音を上げ、凄まじい速度で飛んでいく石。だが鳥には当たらず畑の畔に直撃し、派手に土を撒き散らす。


 羅刹鳥は驚いて一斉に飛び立った。


 それを見ていたアンバーは杖に魔力を込めて呪文を唱え始める。



 「大気にあまねく精霊たちよ。我が声に答え、その力を示せ」



 空気はゆっくりと、静かに動きだす。それはわずかな変化だったが、確実に空気の流れを変えてゆく。


 地上にいれば気づくこともない小さな変化。だが、上空にいる羅刹鳥は違った。


 風をつかめず、うまく飛ぶことができない。高々と舞い上がっていた鳥たちは、徐々に高度を下げ、地上から〝剣″で攻撃できる範囲に下りてきた。



 「ガルム! クレイ!!」


 「「おおっ!!」」



 剣を抜いたヴァンが二人に檄を飛ばす。


 ガルムとクレイは頷き、それぞれ剣を抜いて走り出した。ガルムは買ったばかりの長剣に目を移す。



 「今度は折れるんじゃねーぞ!!」



 新品の剣を右手に、ヴァンやクレイよりも更に速く大地を駆ける。

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