第39話

 「どうだろう? 私は真剣だが……」



 カウスの言葉で〝大鷲″のメンバーに緊張が走る。特に、仲のいいアンバーは顔を強張らせた。


 俯いていたソフィアは顔を上げ、まっすぐにカウスを見る。



 「ありがとうございます。とっても嬉しいですが、私はまだ冒険者としてやりたいことがありますので、お断りします!」



 キッパリと断ったソフィアに、カウスは少し驚くが、すぐに柔和な笑みを浮かべてソフィアの目を見つめる。



 「そうか……残念だが仕方ない。君には君にしかできないことがあるんだろう」



 カウスは手を前に出し、ソフィアと固い握手を交わす。



 「もしも気が変わったら、いつでも言ってくれ。私は大歓迎だ!」


 「ありがとうございます」



 ◇◇◇



 五人はギルドが用意してくれた馬車に乗り込もうと、野外病院から少し離れた街道に向かって歩いていた。



 「なあ、良かったのか? ソフィア。カウス先生の誘いに乗らなくて」



 ガルムは歩きながら、後ろにいるソフィアに声をかける。



 「いいのよ。私には私の夢があるんだから」


 「夢?」


 「そう! 冒険者として名を上げて、稼いだお金で大きな病院を建てるの。そうすれば大勢の人を助けられるし、私もがっぽり儲けることができる。ねっ、いい考えでしょう?」



 満面の笑みを浮かべたソフィアを見て、ガルムは引いてしまう。


 ――金にがめつい所は、俺と一緒じゃねーか……。


 二人の会話を聞いていたヴァンは、フッと微笑む。



 「まあ、なんにしても今回ソフィアは大活躍だったな。施設の職員の人も言っていたが、普通の修道士の何倍もの治療数をこなして成功させたそうだ」


 「へ~……」ガルムは感心したようにソフィアを見る。


 「なによ!?」


 「やるなあ、ソフィア…………お前、やるなあ!」


 「何で二回言うのよ! バカにしてるんでしょ!」



 そんな話をしているうちに、街道に止めてある馬車が見えてくる。


 五人がやっと帰れる、と思い気を抜いていると草陰から何かが飛び出してきた。ヴァンが目の端で捉える。


 銀の髪に、黒装束。人間にしか見えない青白い顔には、無数の傷が見てとれる。それは間違いなく、昨日見た魔族。


 大きく開いた口からは、鋭い牙が覗く。


 一瞬の油断だった。アイク将軍が魔族の一体を逃したと言った時、もっと警戒を強めるべきだったとヴァンは後悔する。


 魔族が伸ばした手は、まっすぐにソフィアに迫った。


 ヴァンが駆け出すが、間に合わない。



 「ソフィ――――ッ」



 ヴァンの絶叫が響き渡る中、無機質で乾いた音がした。


 恐怖で顔を伏せていたソフィアが、ゆっくりと目を開く。そこには首筋を切り裂かれた魔族が倒れていた。


 傍らに、肩に剣を乗せたガルムが立っている。一瞬で魔族を倒したのかとヴァンは絶句する。



 「や、やったのか?」



 ヴァンは恐る恐る近づいて魔族の体を確認する。まったく動く様子がない。完全に死んでいた。



 「やっぱり俺がやった方が早かったな」



 呆気らかんと言うガルムに呆れながら「ああ、そうだな」と、ヴァンは改めてこの異常な強さに脱帽していた。


 その後、魔族の討伐を連合の警備隊に報告する。


 アイク将軍には驚かれたが、逃走していた魔族が倒されたことに、大いに喜んでくれた。



 ◇◇◇



 「それにしても相変わらず、すげー強さだな。おっさん」



 走る馬車の中、流れる風景を見ながらクレイがぼやく。



 「魔族が何人いたとしても、負ける気はしねーな」



 ご満悦に腕を組み、「ふふ~ん」と椅子に深く腰掛けるガルムを見て、クレイはハアーッと息を吐く。



 「まあ今回の報酬に、魔族討伐分も含めてくれるっていうから文句はねーが。あんまり調子に乗るなよガルム!」


 「ちっちっち、クレイ君。俺は決して調子に乗らないと、二度神に誓った男だよ。心配御無用!」


 「はあ?」



 怪訝な表情をするクレイをよそに、ガルムはソフィアに目を向ける。ソフィアもガルムを見たことで、二人の目が合った。


 ソフィアは赤くなって、すぐに目を逸らす。



 「そ、その……ありがとね。今回のは借りにしとくわ。いつか返すから!」


 「ん? 別にいいよ。仲間なんだから、助けるのは当然だろ? 俺も傷を何回も治してもらってるし」


 「いいのよ、私がそうしたいってだけなんだから!」


 「なんか怒ってないか?」


 「怒ってないわよ! もう寝る。話しかけないで」


 「うわ……勝手だな……」



 そんな話をしながら、馬車はレイフォードの街へと進んでいった。



 ◇◇◇



 「うむ、二週間の任務、ご苦労じゃった」



 ギルドの最上階。ギルドマスターの執務室にガルムたちは呼ばれていた。ヤコブはご機嫌で〝大鷲″のメンバーを見渡す。



 「話は聞いておる。呪いの解呪を成功させて、魔族一体も倒したとか……。大活躍じゃったの!」


 「いや~まあ、そうですね~」



 謙遜する気がまったくないガルムに変わって、ヴァンが切り出す。



 「今回も運が良かっただけです。それで、最後の依頼ですが……」


 「まあまあ、慌てなさんな。二週間の仕事を終えたばかりじゃろう。しばらくはゆっくりすればいい」


 「はあ、しかし……」


 「なあに、次の依頼が決まればすぐに伝える。約束を反故にしたりはせんから安心せい!」


 「……分かりました」



 五人は席を立ち、執務室を出る。



 「まあ、Bランクの依頼を二つこなして報酬も多くもらったしな。じいさんが言うように、しばらくはゆっくりしてもいいだろう」



 ガルムの言葉に、ヴァンも頷く。



 「今日の所は解散して、また後日集まろう」



 その日はお開きとなり、全員でギルド会館を後にした。ガルムは振り返り、六階建ての会館を見上げる。


 ――あと一回依頼をこなせば、ヴァンたちはBランクに上がって、俺は辞める前のDランクに戻れる。


 感慨深いなと思いながら、ガルムは踵を返し帰路へと着いた。

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