第32話

 『特級冒険者』 それは冒険者の間でまことしやかに囁かれる噂。


 レベル30を超える冒険者の一部に国が特権を与え、軍事や外交、国の安全に非常事態が起きた際、秘密裏に解決してもらうという。


 ヴァンも世界に数人いると聞いたことはあったが――



 「ありえないな」



 明確に否定し、グラスに残っていたワインを一気に飲み干す。



 「俺も不思議に思って、ガルムのことは調べた」



 空になったグラスをテーブルに置き、一つ息を吐く。



 「ギルドに行って、ガルムのことを知ってる冒険者に話を聞いたんだ」


 「それで、なんて言ってた?」


 「ガルムが優秀だったと言う奴は一人もいなかった。どちらかと言えばうだつの上がらない、稼げない冒険者だと」



 クレイは怪訝な表情になる。自分たちが知る男とは、あまりにかけ離れている。



 「恐らく、冒険者を辞めた一年の間になにかあったんじゃないか? だから、また冒険者として再出発した」



 ヴァンの考えはもっともだとクレイは思う。冒険者を辞める者は多いが、再びやろうとする者は少ない。ましてガルムは30を超えている。


 普通なら、危険な冒険者をやり直そうとは考えないだろう。



 「なにがあったのか分からないのか?」


 「分からない……ガルムも自分のことは、あまり話そうとしないからな」


 「そうか」



 二人は黙り込む。無理矢理ガルムに聞く訳にもいかないため、これ以上追及することはできない。



 「ガルムが自分で話そうとするまで、詮索するのはやめておこう」



 ヴァンの考えに、クレイも頷く。



 「そうだな。あのおっさんが有能なのは間違いない。変に追及してパーティーを抜けられても困るしな」



 ヴァンはクレイの顔をじっと見た後、クツクツと笑い出す。



 「なんだよ!?」


 「いや……あれほどガルムのことを毛嫌いしてたのに、人間、変われば変わるものだなと思って」


 「うるせーよ!」



 クレイは顔を赤くして憤慨した。ヴァンはまあまあ、と笑いながらクレイをなだめる。


 ――謎は残るが、今はいいだろう。パーティーとして上にさえ行ければ。


 ヴァンはそう考え、空になっているグラスにワインを注ぐ。


 一応の結論を得た二人の飲み会。ヴァンが窓の外に視線を移せば、夜の闇は静かに深まっていた。



 ◇◇◇



 翌日―― 冒険者ギルドの大きな掲示板の前。〝大鷲″のメンバーが立っている。


 多くの冒険者が行きかう喧噪のなか、張り出されている依頼書に目を通し、どれを受注しようか迷っていた。


 

 「やっぱり報酬が高いものを優先して選ぼうぜ」


 「なんでよ、中身が大事に決まってるでしょ!? だいたいランクを上げるために必要なギルドポイントだって、報酬の額とは関係ないじゃない」


 「そんなことは分かってるよ。だけど報酬が高いものをこなしてけば、金もポイントも両方貯まるだろうが!」



 相変わらず言い争っているガルムとソフィア。報酬金額が一番のガルムと、きつい仕事がしたくないソフィア。


 二人の意見は、どこまでいっても平行線だった。



 「こいつら、いつまでやってる気だ!? いつもこんな感じなのか?」



 呆れたクレイがヴァンに尋ねた。ヴァンとアンバーは顔を見合わせ、二人で苦笑いする。



 「まあ……仲がいい証拠なんじゃないか?」


 「これで仲がいい……ね」



 口喧嘩が激しくなってきたので、さすがにクレイが止めようとした。その時――



 「〝大鷲″の皆様ですか?」



 唐突に声をかけられたのでガルムたちが振り向くと、そこに立っていたのは見知らぬ女性だった。凛とした顔立ちで眼鏡をかけ、皺ひとつない制服を着ている。


 よく見かけるギルド職員の制服ではない。



 「あなたは?」



 ヴァンが尋ねると、女性は歩み寄り一礼する。



 「私はこのギルド本部所長であるヤコブ・オルゴンの秘書をしております。ナターシャと申します」


 「ギルドの所長って?」



 ソフィアが疑問を口にすると、クレイが呟く。



 「要するにギルドマスターってことだ」


 「え!? ギルドマスターって本当にいたの? 会ったことある人なんて聞いたことないんだけど」



 驚くソフィアを見てニッコリ微笑むナターシャ。ヴァンは困惑した表情を見せる。



 「それで、その秘書さんが俺たちに何の用だ?」


 「所長から皆様にお話があるとのことです。お時間に問題がなければ、今から会館の最上階にお越し頂けませんか?」


 「話? 話とは?」


 「それは所長が直接お話いたします」



 ヴァンは振り返り、仲間の顔を見る。ガルムたちもどうしていいか分からない様子で、対応はヴァンに任せることになった。



 「分かった。案内してくれ」


 「かしこまりました」



 ヴァンやガルムたちは、言われるままナターシャの後についてゆき、ギルド会館の最上階。ギルドマスターの部屋の前までやってくる。


 当然、こんな所まで来るのは初めてだ。


 ギルドの職員に呼び出されることもほとんど無いのに、それがギルドマスターからともなれば緊張するのも当然。


 ナターシャは彫刻が施された豪奢な扉をノックする。 



 「ナターシャです」


 「入れ」



 低く重々しい声が返ってくる。ヴァンはゴクリと生唾を飲み、ナターシャに続いて部屋に入った。


 書類がうず高く積まれた仕事机はあるが、人の姿は見えない。


 〝大鷲″のメンバーが全員部屋の中に入ると、「おお、全員来ておるの!」と声がする。声の主は、積まれた書類の合間からひょっこりと顔を出した。


 赤茶色の髪に、豊かな口髭。顔に深く刻まれた皺は、老いた年齢を感じさせる。


 椅子からピョンっと飛び下り、ひょっこひょっことヴァンたちの前まで歩み出る。その背丈は子供ほどしかない、とても小さな爺さんだった。

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