第29話

 大量の青い血が噴き出し、叫ぶような声がこだまする。蜘蛛は悶え苦しみ、もはや戦う力が残っているようには見えない。


 しばらくすると蜘蛛は力尽き、動かなくなる。ガルムはホッと息を吐き、蜘蛛から降りるとクレイが近づいてきた。


 盾や鎧は焼け爛れ、本人もボロボロだが、どうやら軽傷ですんだようだ。


 

 「やったのか?」


 「ああ、終わったよ」



 二人が横たわった蜘蛛を見ると、不思議なことが起こる。


 蜘蛛の体がボロボロと、白い砂のように崩れていく。



 「なんだ……これ?」



 ガルムは訝しがる。小さな蜘蛛は死骸が残っているのに、大蜘蛛の体だけサラサラと空気中に舞い上がり、最後は煙のように消えていった。


 ――不思議な魔物だ。


 そう思ったガルムだったが、魔物が消えた場所を見ると、何かあることに気づく。



 「これは……」


 「どうした? ガルム」



 それは黒い玉だった。手の平に収まるほどの大きさ。


 ガルムは目の前にかかげて観察する。とても綺麗な宝玉のように見えた。



 「ん、いや、黒い玉があったんでな。よく分からない物だが、戦利品として持って帰るよ」


 「そうか」


 「ちょっとーーー! 終わったんなら私を助けなさいよ!!」



 地面に転がっているセレスティが叫んでいた。



 「ああ、忘れてた! 今、行くよ」



 ガルムとクレイはセレスティの元へ駆けつけ、四苦八苦しながら巻かれている糸を取り除く。


 その後はセレスティに魔法を使ってもらい、ヴァンの毒を治癒。


 何とか立ち上がったヴァンだが、それ以外のメンバーは全員倒れたまま。どうやって連れて帰るかで頭を悩ませることになる。



 「取りあえず、俺がアンバーとソフィアを担ぐよ」



 ガルムが二人を連れていき、クレイがマリアとローザを。ヴァンがカルバンを背負って迷宮を抜けることにした。



 「問題は――」



 ガルムは、地面に並べられた大柄な男たちに目をやる。


 そこにはマカオスを始め、〝アルバトロス″のメンバーがいた。何度か顔を叩いて起こそうと試みるも、完全に気を失って目覚める様子はない。


 これ以上、人を運ぶのは無理だと思ったガルムは、



 「置いてくか」


 「そうだな」


 「仕方ない」


 「そうね、キモいし」



 最後のセレスティの言葉だけ痛烈だったが、結局〝アルバトロス″は置いて洞窟から出ることにした。


 ――後から救助を呼べば大丈夫だろう。


 ガルムは魔物が出ないかだけ心配だったが、帰り道に魔物の気配はない。



 「ボスである大蜘蛛を倒した影響だろう。元々、奥に行くまでに魔物を倒しまくっていたからな」ヴァンが先頭を歩きながら、説明してくれる。


 「じゃあ、もう出てこないってことか?」


 「絶対ではないが、まあ心配する必要はないだろう」



 それなら置いてきたマカオスたちも襲われたりしないな、とガルムは安心する。


 ――例え嫌な奴でも、見殺しにしたら寝覚めが悪くなるし。


 ガルムたちはアンバーやソフィア〝水無月″のメンバーを連れて、なんとか洞窟を抜けて、街まで戻ることができた。


 さすがにガルム、クレイ、ヴァンは疲れ果て、宿屋の床でぐったりと眠りにつく。


 それを見ていたセレスティが、



 「まったく! 情けないわね。これぐらいで」



 そう言ったセレスティだったが、ベッドで寝かされている〝水無月″のメンバーに視線を向ける。


 すやすやと寝むっている仲間たち。無事だったことに、改めて安堵する。


 ――ありがとね。ヴァン、クレイ。それに……おじさん!



 ◇◇◇



 鬱蒼とした森の奥。断崖に囲まれた場所に、ひっそりとそびえ立つ城がある。


 薄暗い城内を進み、王の間に至ると、その玉座に一人の男が座っていた。全身に影がかかっているため、その表情をうかがうことはできない。



 「それで……〝ファウヌス″を倒した者は、見つかったのか?」


 「い、いえ、目下、懸命に探しておりますが、未だ見つかっておりません」



 玉座に座る男の面前には、灰色のローブを纏い、フードを目深まぶかにかぶった男がうやうやしくひざまずいている。


 どこか怯えているように見える男は、恐る恐る玉座の男に進言する。



 「恐れながら……本当にファウヌス様は倒されたのでしょうか? あれほどの魔人を倒せる者がいるとは思えませぬ」



 玉座の男は、うっすらと笑みを浮かべる。



 「いや、間違いなく殺されている」


 「た、確かに、捜索したヴィーダルの森には戦闘の痕跡がありました。ですが死んでいたのは、ファウヌス様の配下の者たちだけ。ご本人の死体はありませんでした。考えたくはありませんが、部下を殺して逃げたということは……」



 フードをかぶった男は、ファウヌスの身勝手さを知っていた。気に食わなければ、手あたり次第に殺しまくる。


 ――今に始まったことではない、今回も……。



 「ふふふ」



 玉座に座る男は不気味に笑い出す。その目は確信に満ちていた。



 「跡形も無く消されたんだよ……想像以上に強い相手だ」


 「そんな……あのファウヌス様が……」



 玉座の男は窓の外に視線を移す。夜のとばりが下り、淡く輝く月が昇っていた。



 「それに、北の迷宮で研究していた〝魔獣″も死んだそうだな」


 「は、はい。先ほど報告がありました。冒険者に倒されたようだと……」


 「研究が成功していたなら、A級冒険者が束になっても倒せないと聞いていたんだが」


 「そ、それは! 私もそう思っていましたが、実験体がまだ不完全だったかもしれません。詳しく調べた上でご報告いたします!」



 玉座の男は考える。もし研究が成功し、望んでいた強さの〝魔獣″だったとしたら、倒したのはファウヌスを殺した者と同じ者かもしれない。


 ――まあ、いずれ分かるであろう。



 「下がってよいぞ」


 「ハッ! 失礼いたします。魔王様」



 配下の者が下がり、誰もいなくなった玉座の間。


 魔王は静かに微笑んでいた。

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