第28話

 クレイは必死に大蜘蛛の攻撃をかわしていた。恐ろしい速さで動き回り、蜘蛛はつるはしのような足を何度も振り下ろす。


 クレイは盾を突き出し、なんとか防ぐが蜘蛛の足が盾に当たる度、両腕が折れるんじゃないかと思うほどの衝撃が走る。



 「ぐっ!」



 それでもクレイはなんとか耐える。


 盾役として、防御のスキルを磨いてきた生粋の戦士。例え格上の相手であろうと、守りに徹すれば簡単にはやられない。


 そんな自負と自信があった。だが、この化物相手では長く持たないだろう。クレイは顔をしかめながら、そう考えていた。


 瞬間、大蜘蛛が糸を吐き出す。ギリギリで回避して盾を構え直した。


 ――あぶない! だが糸を出す瞬間は、わずかに予備動作があるな……。見逃さなければ避けることはできる!


 クレイはガルムが戻ってくるまで、何としてもこの蜘蛛を引きつけておくと決めていた。


 それは毒を抜いたガルムであれば、この大蜘蛛を倒せると信じていたからだ。あれほど信用しないと言っていた男を、今は心の底から信用しようとしている。


 そんな自分に苦笑いした。



 「ヴァン……今ならお前の気持ちが分かるぜ」


 「クレイ!」



 セレスティを助けて、ガルムが駆けつけてくる。



 「体は大丈夫なのか?」


 「ああ、全快だ!」



 クレイはガルムの表情を見て笑みを漏らす。――自分が負けるなんて欠片も思ってない表情だな。


 

 「ガルム、俺の後ろに! アイツの元まで必ず連れてってやる!!」



 クレイの言葉にガルムは頷く。斧を握った手に力を込めた。



 「行くぞ!!」



 クレイが大蜘蛛に向かって突っ込んでいく。ガルムもその背にピッタリと張り付き、蜘蛛の動きに神経を尖らす。


 ――蜘蛛はどう動く? 真正面から受けて立つか? あるいは左右に移動して向かってくるか?


 もし側面から襲って来れば、すぐに飛び出して足を斬り飛ばす。


 ガルムは、そう思っていたが蜘蛛は動かない。


 ――俺たちが近づいてから毒霧と火炎魔法の連撃を叩き込むつもりだ。それが一番効くと分かってる。……上等だ!


 ガルムは身をかがめ、クレイと共に突っ込んでいく。


 あと一歩、クレイとガルムが迫った時、蜘蛛は全身から毒の霧を吐き出した。紫の気体は一気に広がり、辺りが見えなくなる。


 クレイは盾を構えたまま、かまわず前進する。


 毒霧を抜けると、見えてきたのは無数に展開された魔法陣。パチパチと火花が散って、中から揺らめく炎が顔を覗かせる。



 「伏せろーーー!!」



 クレイは絶叫し、盾を地面に立て身を屈める。ガルムも伏せた瞬間――


 毒の霧に引火した炎は、洞窟を飲み込むように大爆発する。


 炸裂する炎と轟音。


 体を突き抜ける光と残響が空間を支配した。



 ◇◇◇



 蜘蛛の化物は確信する。今の一撃で確実に敵は死んだと。


 辺りには炎と粉塵が巻き上がり、動くものは見当たらない。己が強者であることを理解している蜘蛛は、自分に勝てる敵がいないことを知っている。


 今回はやや手こずったが、問題はない。


 人間がいた場所を一瞥し、洞窟の奥へ戻ろうとした時、わずかな違和感に気づく。


 その八つの眼が捉えたのは、焼けただれた鉄の盾。地面に立ったまま、炎に耐えているように見えた。その盾が、かすかに動く。



 「今だ!! 行けぇぇえ、ガルム!!」


 「おおっ!!」



 盾から飛び出してくる人影、自分の頭上で斧を振り上げる。


 毒は出し尽くした。魔法もすぐには展開できない。


 まるでスローモーションのように、斬撃が頭に迫ってくる。しかし実際の斧の速度は恐ろしく速い。


 この一撃は、避けることも防ぐこともできない。


 蜘蛛は自分の体に深々と斧が食い込むのを、ただ見ているしかなかった。



 ◇◇◇



 「うおおおおおおおおおおっ!!」



 ガルムが振り下ろしたバトル・アックスは、蜘蛛の頭をかすめ胴体に食い込む。


 悲鳴のような声を上げ、蜘蛛は体を振り回す。ガルムを引き離そうとするが、間合いに入った以上ガルムも簡単に離す訳にはいかない。


 斧を引き抜いたあと、空中で体を捻って斧を振り切る。


 蜘蛛の足の一本が切断され、洞窟の壁際まで跳ねるように転がっていく。ガルムは地面に着地し目の前の敵を睨みつける。


 蜘蛛は何とかガルムから距離を取ろうとするが、足を二本失っているため、先ほどまでの機敏さはない。


 ガルムは右手で斧を振り上げると、全力で放り投げる。


 斧は高速で回転しながら飛んでいき、蜘蛛の腹部に突き刺さった。



 「ギィィイイイイーーーーー!!」



 断末魔の如き絶叫。蜘蛛は踏鞴を踏むようにヨロヨロと後ずさる。ガルムは追撃をやめようとしない。


 蜘蛛はなんとか止めようと糸を吐き出す。――が、ガルムは簡単にかわして全速力で距離を詰め、蜘蛛の足にしがみつく。



 「ぬおおおおおおおっ!!」



 ガルムが全身を使って蜘蛛を持ち上げ、力づくで背負い投げた。頭から地面に叩きつけられ、洞窟が大きく揺れる。


 なんとか立ち上がろうとする蜘蛛だが、ガルムは更に足を持ち、遠心力を使って回し始める。グルグルと弧を描き回される蜘蛛は、されるがまま抵抗できない。


 その様子を、クレイとセレスティは唖然として見ていた。


 ――あんな化物を持ち上げて回してる!? どんな腕力してんだ!


 クレイが絶句する中、ガルムは更に回転を加速させていく。



 「ぶっ飛びやがれっ!!」



 手を離し、放り投げる。蜘蛛は為す術なく地面に叩きつけられ、それでも勢いは止まらず岩壁に激突した。


 上から崩れてくる岩を頭に受けて、蜘蛛はフラついている。


 ガルムは地面に落ちていた斧を手に取って突き進む。蜘蛛の手前で飛び上がり、斧を高々と振り上げた。



 「終わりだ!」



 振り下ろされた一撃は疾風迅雷の如く、容赦なく蜘蛛の頭をかち割った。

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