第27話

 「ちょっと! 早く下ろして、毒の影響を受けてるんでしょ!? 私なら毒を治癒できるから!!」



 セレスティは、洞窟に充満する毒に気づいていた。


 自分自身は魔法で毒を無効化できるが、それよりも問題がある。自分を吊るしている糸を見上げると、糸と繋がった天井がボロボロと崩れ始めていた。


 このままでは落下してしまうと思ったセレスティは、ガルムたちに助けてもらおうと必死にアピールする。



 「お願いだから早くーーーーー!!」



 その様子を下で見ていたガルムは考える。


 ――確かに毒はやっかいだからな。セレスティの力があれば戦いは有利になる。

問題は、こいつが黙って行かせてくれるかどうか――


 ガルムは大蜘蛛へと視線を移す。


 だが、そこに蜘蛛はいなかった。



 「え?」



 一瞬の気のゆるみ。ガルムが目を離した途端、蜘蛛は移動していた。クレイとガルムの側面に回り込み、目と鼻の先まで迫っている。



 「なっ、なに!?」



 クレイが蜘蛛の速度に驚愕する。この大きさで小さな蜘蛛より速いなど、到底思いもしなかった。


 蜘蛛は前足を振り上げる。先の尖ったツルハシのような足が、容赦なくクレイに振り下ろされた。身を守ろうと、盾をかかげ防御する。


 まともに食らえば無事ではすまない。そう思ったが、盾に衝撃はない。


 代わりに金属がぶつかり合うような、衝撃音が聞こえてきた。



 「なんだ……?」



 クレイが恐る恐る盾から顔を出すと、ガルムが斧で蜘蛛の足を防いでいる。



 「わざわざ近づいて来たのか……調子に乗りやがって!!」



 斧を振り抜き、蜘蛛の足を弾き返す。思わずよろめく蜘蛛に、ガルムは踏み込み、斧で薙ぎ払う。


 大蜘蛛の前足は切り飛ばされ、宙を舞った。



 「ギィィイイイイイ!!」



 蜘蛛は初めて奇怪な鳴声を上げ、瞬時にガルムから距離を取る。


 ガルムは追撃しようとしたが、ガクンッと膝が折れ足が前に出ない。


 ――うぅ……毒の影響か!? 足に力が入らない。


 ガルムが攻め込まなかったことで、大蜘蛛は充分な間合いを取り警戒する。いつでも毒切りや魔法を放てる態勢だ。



 「ガルム、大丈夫か?」


 「あ、ああ、だが毒の影響はあるな……。体が痺れてきた」



 クレイは眉間に皺を寄せる。ガルムがいなければ、あの蜘蛛には到底勝てない。


 だが、毒の影響で動けなくなれば、その時点で勝敗は決する。なんとしても解毒の魔法を持つセレスティは必要だ。



 「行け、ガルム。こいつは俺が抑えておく」


 「いや、しかし……」


 「長くは持たないが、少しの間ならなんとかする自信はある。俺も盾役として長年戦ってきたんだ。見くびるなよ!」



 ガルムは一瞬悩むが、クレイを信じることにした。



 「分かった! セレスティを助けに行ってくる。少しの間、蜘蛛の注意を引いておいてくれ」


 「ああ、やってみる。早く行け!」



 クレイは腰から剣を抜き、盾をバンバンと叩いて蜘蛛の注意を引く。



 「オラオラ! さっきは油断したが、次は後れをとらんぞ!!」



 大蜘蛛の意識がわずかに逸れる。それを見たガルムが一気に飛び上がり、〝空中歩法″を使ってセレスティの元へと向かう。


 あっと言う間に天井まで駆け上がると、セレスティは驚きの表情を浮かべた。


 助けてくれとは言ったが、まさか一足飛びで自分の所まで来るとは思っておらず、間近に迫ったガルムに唖然とする。



 「よっと!」



 ガルムはセレスティの足に絡み付いた糸を引っ張り、天井から引き千切る。


 岩が崩れてくる中、セレスティを抱きかかえたままガルムが地面に着地した。



 「大丈夫か? セレスティ」


 「だ、大丈夫よ……あ、ありがとう」



 セレスティは顔を紅潮させながら、ガルムに礼を言う。その表情が面白くガルムは笑ってしまう。



 「ちょ、ちょっと! なに笑ってるのよ!?」


 「ああ、悪い悪い、今糸を取ってやるよ」



 セレスティは右手以外、糸に巻かれて動けない状態だ。ガルムは取ってやりたいと思うが、力ずくで糸は切れない。


 辺りを見回すと、まだ地面の一部に爆発の火が残っている。



 「よし! セレスティ、ちょっと熱いが火で燃やして糸を切るぞ」



 そう言ってガルムはセレスティを残火に放り込もうとするが――



 「ま、待って! やめて、死んじゃうでしょ!!」



 セレスティは藻掻いて、全力で拒否する。火の中に入れられるなど、たまったものではない。



 「右手が動くから、魔法を使って解毒はできるわよ!」


 「マジか! じゃあ、さっそく頼むよ」



 セレスティはガルムに抱きかかえられて状態で、手をかざす。手からは淡い光が溢れ、ガルムの体を包み込む。



 「おお! 体が軽くなった。痺れも無くなったぞ!!」



 手をグー、パーしながら問題なく動くことを確認する。



 「これで思いっきり戦えるでしょ!」


 「ああ、ありがとな、セレスティ!」



 ガルムの素直な感謝に、セレスティは赤くなって顔を背ける。



 「べ、別に……戦えるのが、あんたしかいないから仕方なくよ!」


 「そうだな、あとは俺が何とかする」



 ガルムは抱えていたセレスティを、そっと地面に置く。バトル・アックスを両手に持って構え、クレイの元へ行こうとすると――



 「ガルム……毒を治してあげたんだから……あいつを、あいつを絶対倒してよ!」

 


 寝転がったまま震える声で頼んでくるセレスティに、ガルムは力強く答える。



 「ああ、任せとけ!」



 そう言って、ガルムは走り出す。動くことのできないセレスティは、小さくなっていく背中を見ながら懇願するように祈る。


 ――お願い……みんなを助けて、ガルム。

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